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今年もE子先生のシュトーレン!
2008-12-20 Sat 17:40
2008年12月20日(土)

E子先生のパン教室の12月のレシピは、毎年シュトーレンと
決まっている。
シナモンなどのスパイスをきかせて香ばしく焼き上げたシュ
トーレンの匂いをかぐと、ああクリスマスだな…と思う。

9月に亡くなったR君の喪に服しているE子先生も、12月の
シュトーレンの教室からは、復活して下さるかもしれない…。
弟子一同、そんな思いで待っていたのだが、ブログの更新も
メルマガも途切れたまま、先生からは何の連絡も来ない。

で、勇気を出して、先日、先生にメールを出した。
最近のご様子を伺い、そして、もしシュトーレンをまとめて
焼かれるようなことがあるのだったら、個人的に幾つか注文
したいと書いた。

そんな無神経なお願いを…と、人からは思われるかもしれな
いが、私だって、だてに長年、先生とお付き合いさせて頂い
てるわけじゃない。
先生は、ご自身がご病気でもない限り、たとえどんなに内心
落ち込んでいても、二人の里子ちゃんのために、できるだけ
普通の日常を切り回しておられるはずだし、教室は開かなく
ても、家族の分のシュトーレンぐらいは、きっと焼くに違いな
い、そういう方なのだ。

先生は、昔(下宿屋や里親を始める以前)は、沢山の弟子グル
ープをお持ちで、平日はほぼ毎日、パン教室をなさっていた。
だから12月は、毎日のようにシュトーレンを焼かれていた。
(その合計数は、恐らく数百個は下らなかったろう。)
先生のお母様が最晩年に施設にお世話になっている間は、施設
の人(職員さんにも)全員に、シュトーレンを届けてもおられた。
E子先生の12月と言えば、シュトーレンなのだ。

「シュトーレンを焼かないE子先生の12月」 なんて、あり得ない。
いや、あっちゃいけない…。


そう思った。
それに、もし焼くかどうか迷っておられるなら、おねだりしてみ
ることで、焼く気になって下さるかもしれない…。

先生からは、嬉しい返事が来た。
「取手の皆さんには、今年もお届けしたいと思っていたところ
 です。…もちろん、注文もお受けできます。」

先生にわざわざ届けて頂くには及ばない。
早速、皆の希望個数を確認し、T橋さんと連れ立って(彼女は
R君の葬儀に出られなかったので、ずっと、お線香を上げに行
きたいと気にしていた)、昨日、久しぶりに先生宅を訪ねてみ
たのだった。

ドアを開けるとシュトーレンの匂い。
大きなテーブルに、所狭しと並ぶシュトーレンを見て、何だか
安心して、涙が出そうになった。
私 「うわ~、たくさん! 嬉しくなっちゃう!」
先生「だって、欲しがる人が多いんだもの。 昨日も沢山焼い
  たのよ!」
先生のお顔には、若干のやつれは見られたものの、口調はいつ
も通りで、私は本当にホッとした。


 
[ 続きはここから… ]

「喪に服して、家にばかりいるもんだから、もう、編み物がはか
 どっちゃって…」
と、先生は、既に編み上げた2着(ご自分用!)を見せて下さ
った。「すごく簡単なのよ」とおっしゃりながら、作り方を説明し
て下さる先生に、T橋さんはふんふん…とうなずいていたが、
編み物のできない私は、さっぱりわからない(笑)。
(大昔、マフラーを編んだことはあるけど、曲線のあるものを
 編んだ経験が一度もない私…)
写真だけは撮ってきたので、見る人が見れば、作り方がわか
るかな?(笑)



R君の仏前には、沢山のオモチャや、お花、お供え物があって、
今も弔問客が絶えない様子が察せられた。
お骨も、納骨せずに、まだある。
そこには確かに、R君の気配があった。
先生はおっしゃった。
「外出できないのは、Rを一人にさせるのが可哀相だからなの」

“喪に服する”という“行為”は、 そういう“心”から生まれる自然
な“形”なのだな…と改めて思う。

「何だかね、Rにはね、いつか、また会えそうな気がするの」
とも、おっしゃる。
R君は、いなくなったわけじゃない…私たちも素直にそう思え、
「きっと、どこかで会えますよ」と、うなずく。

「Rが可愛いからね、育てている時、“今のままでいい”、“この
 ままでいい”って、何度も思ったのよ。 そしたら、ホントに
 “今のまま”になっちゃって…。 あんまり、そう思いすぎた
 のかしらね…?」
と おっしゃるのも、切ないことである。

先生からメールのお返事を頂いたとき、実は、近況について
「落ち着いてきたはずでしたが、通常の親御さんでは経験しな
 いようなことに直面しています」
という一文があって、それ以上詳しくは書かれていなかったが、
どうも、里親・里子の関係ならではの、何か厄介な問題に巻き
こまれているのであろうと思われた。

先生には言わなかったけれど、それで、我々弟子たちが一番
心配したのは、実の親(R君の育児放棄をして、R君が乳児院
にいる間、一度も面会にすら来なかったという親!)が、しゃしゃ
り出てきて、何か先生を非難するようなことを言ったりしたらイヤ
だなあ…と、いうことであった。

しかし、E子先生を悩ませている問題は、少し違うことだった。

考えてみれば、誰も、E子先生を非難できるはずはないのだ。
R君の写真を整理したら2000枚ほどもあったそうで、その一部
は、葬儀の時にも飾られ、今は先生のお宅にも飾られているが、
さまざまなシーンで、笑顔いっぱいのR君の写真を見たら、R君
が、先生の家でどれほど可愛がられていたか、R君がどれほど
幸せな子どもだったかは、誰が見ても一目瞭然だ。
そんなつもりで撮った写真ではもちろんなかったわけだけど、
これらの写真は、多分、E子先生ご一家を、外部からの余計な
中傷や邪推などから守ってくれる防波堤の役割も果たしただろ
うと、私は実のところ思っている。
心ない実母も、この写真を見たら、我が子が幸せだったことは
認めざるを得ないだろう。

そんなわけで、R君の死後に生じた問題は、いろいろ物理的、
対人的に、煩瑣なものではあるけれども、決して、先生ご自
身を本質的に傷つけたり、おとしめたりするものではない。
そのことが救いだな…と、私は思った。
苦しみは、R君を亡くされたことだけで充分すぎる。

児童相談所だかの話によると、施設出身者が死んだ場合、
肉親が出てくることは少ないらしいけれど、死因が交通事故の
場合は、たいていは肉親が出てくるという。
保険金が降りるからである。

もちろんE子先生ご夫妻は、欲や打算とは無縁の人だ。
(そうでなければ、そもそも里親などできるはずもない。)
だから、「うちは何もいりません。ただ、Rのお骨だけは引き
取って、うちの墓に入れてやりたい」という、ご希望らしい。

そういうお心がけだから、しばらくは大変だろうけれど、多分
事はさほど紛糾せずに解決に向かうだろうと私は思っている。




「味噌教室は、やらなくちゃね」の、先生のお言葉が嬉しい。
(味噌教室は、毎年2月上旬恒例。)

私とT橋さんがおいとましようとすると、ちょうど、双子の里子
ちゃんたちが元気に帰って来た。
いいタイミングだ…と思いながら、先生宅を後にする。

先生のお宅の玄関には、例年どおり、ご主人お手製の大きな
リースが飾られていた。
庭のクリスマスツリー(大きくなりすぎたモミの木)にも、例年
のように、電飾が施されている。
R君のことは辛いけれども、先生の家のいつも12月の風景が
続いていてほしいと願っていた私は、そんなリースやツリーを
目にして嬉しかった。

先生も、ツリーを見上げながら、こうおっしゃるのだった。


「だって、きっと、空から見てるよね!」
 
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コメント
--
あ~
もう、胸がいっぱい
E子先生みたいな方が本当にいらっしゃるんですね。
心が洗われる思いです。

E子先生の”喪に服する”という”行為”
私には分かる気がしました。
思えば、私も春からひとりで過ごす時間を多く持ちました。
いろんなことをぼっーと考えて
故人との思い出にひたったり・・・
ふと思い出した場面に笑ったりして
そうして、故人との思い出をたのしいものにしていきました。

先生のシュトーレン♪
私が注文するのは無理かな
無理だろうな・・・
そんなことを考えてしまいました。
でも
ずーと、気になっていたE子先生のお話が聞けて
安心しました。ありがとう
2008-12-20 Sat 22:20 | URL | noa #-[ 内容変更]
-いつもありがとう^^-
noaさん
noaさんがE子先生のことを気に懸けて下さっている
のはわかっていたので、noaさんに読んで頂く為にも
この記事を書いたのでした。
ブログには書けないようなご苦労も抱えておいででし
たが、記事中にも書いたように、先生を精神的に追い
詰めるようなことではないので、これから時間の経過
とともに、徐々に解決していくことでしょう…。

“喪に服する”という“行為”。
noaさんには、まだ記憶に新しかったね。

>いろんなことをぼっーと考えて
 故人との思い出にひたったり・・・
 ふと思い出した場面に笑ったりして
 そうして、故人との思い出をたのしいものにしていきました。

それを読んで私も、静かで透明な何かで、胸がいっぱい
になりました。
人はそうやって、愛する者との別れの悲しみに折り合い
をつけていくんですね。
そのために必要なのが、“喪に服する”時間なのでしょう。

E子先生のシュトーレンは、ほかの人が焼く手作りシュ
トーレンと、さほど変わらないものだとは思いますが、
私たちにとっては、やはり特別なもの。
今年も先生のシュトーレンを味わえる幸福をかみしめて
います。 これからもきっと、毎年…。
いつか、noaさんにもお届けしたいですね^^
2008-12-22 Mon 13:15 | URL | ミセス・かんちがい #bhhZubZs[ 内容変更]
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