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こんぺいとうは甘い (息子たちに伝えそびれた伝承歌)
2008-06-10 Tue 13:45
2008年6月10日(火)

実家では、父方の祖父母と暮らしていた。
小学校低学年の頃まで、私はいつも祖母と風呂に入っていた。
かなり大きくなってから、「本当は、自分で子どもたちを風呂
に入れたかった」と母から聞いたことがあるが、「一番風呂は
当然祖母」という状況の中で、「嫁」の立場の母には、それは
難しいことだったのであろう。
そんな母の心は知らず、子どもの私は、たまに(祖父母が旅行
中などの時などに)母と一緒に風呂に入ると、痛いほどゴシゴ
シと体を擦られるのが嫌だったものだ。
(祖母の洗い方はフワフワと撫でるような洗い方で、母に言わ
 せれば「全然アカが落とせない洗い方」であった。)

母は、祖母がタオルを湯船の湯につけるのも嫌がっていたが、
祖母はそんなことはお構いなし。
私や妹は、祖母と湯船につかりながら、それぞれのタオルに
空気を入れて照る照る坊主のような人形を作り、
「坊さん、坊さん、どこ行くの~♪」
などと、追いかけっこをさせて遊ぶものだった。

なんで突然こんな話をし始めたかというと、ありくいさんの
ブログで「さよなら三角」という記事があって、それを読んで
いたら、長いこと忘れていたしりとり歌…子どもの頃、風呂で
祖母と歌っていた歌の一つ…が、急に甦ってきたからだ。

ありくいさんが書かれている「さよなら三角 またきて四角」
という歌は、私は聞いたことがなくて、節回しも知らない。
「跳ねるはカエル」とか、「青いはヤナギ」という部分も、私
の知っているのとは全く違う。
ネットで調べてみたら(私が調べた範囲内では)、私が覚えて
いる歌と全く同じというのは見あたらなかった。似たようなの
こちらのページの<いろはに金平糖系>)があったが、
やはり私の記憶と完全には一致しない。
で、私の知っているしりとり歌を記しておくことにした。

 こんぺいとう こんぺいとう
 こんぺいとうは 甘い
 甘いは お砂糖
 お砂糖は 白い
 白いは ウサギ
 ウサギは 跳ねる
 跳ねるは ノミ
 ノミは 赤い
 赤いは ほおずき
 ほおずきは 鳴る
 鳴るのは おなら
 おならは 臭い
 臭いは うんこ
 うんこは 黄色い
 黄色いは バナナ
 バナナは 高い
 高いは 十二階
 十二階は こわい
 こわいは お化け
 お化けは 消える
 消えるは 電気
 電気は 光る
 光るは おやじのハゲ頭



いろいろ傍若無人(笑)な内容ながら、そこがまた、わらべ唄
らしくていい。
(ありくいさんによると、子ども向けの某キャラクターDVDの
 中では、最後の「おやじのはげ頭」の部分が、随分上品な
 内容にすり変わっていたそうだ。
  >光るのは「オヤジのハゲアタマ」と昔から決まってるん
   じゃああああ

 …という、ありくいさんの怒り?に同意…笑)

「十二階は怖い」の「十二階」というのは、かつて浅草にあっ
た高層の建物だと祖母から聞いていた。
(正式には「凌雲閣」というこんな建物だったらしい。)
子供心に、「十二階って怖いのか?」とか、「ノミって赤いん
だ」とか思っていたのを、妙に覚えている。

祖母は、若い頃は東京下町で髪結いをしていたらしいが、出身
は千葉の大多喜。(当時としてはハイカラで、幼少時の祖母は
幼稚園にも通っていたそうだ。)
だから、この歌のルーツは千葉の県央あたりで伝承されていた
バージョンかもしれない。

もう一つ、よく歌っていたのが、「お月さんいくつ」の歌。
これは、noaさんのブログのこちらの記事で以前ちょっと触れ
られていて、その時も私は、急にタイムスリップしたように
その歌を懐かしく思い出したのだった。
(その時コメント欄に書かせてもらったものを、以下にコピー。
 先のしりとり歌と比べると、歌詞の正確さに自信がないが…)
 
[ 続きはここから… ]

 おーつきさん いくつ
 じゅうさん ななつ
 まーだ とーしゃ わーかいな
 あのこを うんで このこを うんで
 だーれに だかしょ あのこに だかしょ
 あのこは どこいった
 あーぶらかいに ちゃーかいに
 あーぶらやのまえで
 すべって こーろんで
 あーぶらいっしょう こーぼした
 そのあーぶら どうした
 たーろうどんのいぬと じーろうどんのいぬが
 みんな なーめてしーもうた
 そのいぬどうした
 たいこにはって
 あっちむいちゃ どんどこどん
 こっちむいちゃ どんどこどん
 どんどこどんの どんどこどん


「じゅうさん ななつ」は、「十三と七つ」、つまり「二十才」
ということ。
まだまだ若くて、これから子どもをどんどん産めるお月様…。
月に、そんな「若さ」や「母性」を見いだす感覚が、良いなあ
と思う。
(これも、犬の皮を太鼓に張るとか、現代ならいろいろお叱
 りを受けそうな内容を含んではいるが…。)

子どもの時は何も考えていなかったが、今思うと、祖母との
のどかな入浴タイムは、なかなか良いものであった。

しかし残念ながら私は、自分の息子たちに、これらの伝承歌
を歌ってやらなかった。
お風呂以外の時間に、幾つかの手遊び歌はやったけれども、
祖母から教わったこれらの歌を、なぜか私は、子育ての間、
思い出すことすらなかった…。

現代風の歌やオモチャがあったから…ということもあるが、
一番の原因は、核家族での子育てには、そんな余裕がなか
ったというのが大きいと思う。

年の近い幼児期の男の子3人を風呂に入れるのは、いつだっ
て戦争騒ぎだった。
その頃は夫の帰宅時間も遅く、たいていは私一人で、家の中
を自分も裸で駆けずり回りながら、子どもには風邪をひかせ
まいと、手早く服を脱がせたり、着せたり、体を拭いたり…
それも楽しい時間には違いなかったが、少なくとも、長湯しな
がら子どもとのんびり歌を歌う、という余裕はなかった。
子どもとの入浴は、楽しみというより、他の家事と同じように、
日々こなさなければならない仕事の一つだった。
子ども全員と一緒に入るには湯船が小さいこともあり、少し
大きくなってからは、もう子どもたちだけで入らせるようにした
ので、そもそも私は子どもと一緒に入浴した年数も短いのだ。


…子育てが済んだ今、何かの折に、「子どもと一緒にしそび
れたこと」や、「子どもに伝え忘れたこと」があったことに、
ふと気づく。
あれもしておくんだった、これも教えればよかった…。
かすかな悔いを覚え、それでこんな記事を書いて、ほんの少
しだけ 埋め合わせをした気になったりもする。



私も今や「祖母」になった。
孫と一緒に暮らしているわけではないし、今後、何をどれだけ
孫に伝えられるのかはわからない。

でも孫と接する時には、我が子の子育ての時にはしそびれた
ことを、少し意識してみようかと思う。
それが「お祖母ちゃん」の役割かも…などと思うのだ。
 
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コメント
--
こんな歌を歌いながら
親子でお風呂に入っていたら、と
「悲しい事件」をおこした若者のことを考えた。

こんな歌を歌いながら
もし、誰かと過した日々を想えたら
あんな愚かな「疎外妄想」に陥らなかったのでは・・・
反社会的な行動をとらなかったのでは、と。

こんぺいとう こんぺいとう
こんぺいとうは あまい

温かい言葉のリズム
思わずお風呂で口ずさんでしまいました。
記事を関係ないコメントになってしまったことをお詫びします。


2008-06-12 Thu 22:31 | URL | noa #-[ 内容変更]
-本当にね…-
秋葉原の通り魔殺傷事件は、悲しく理不尽でショッ
キングな事件でした。
被害者やご遺族の無念さ、怒りを思うと胸が潰れます。
どうしてあんなことが起こってしまったのか、何とか
防ぐことはできなかったのか…という思いが、ここ
数日、頭から離れません。
我が家の長男ももうすぐ25歳ですが、25歳と言えば
大人です。
百歩譲って、殺意、妄想を抱く気持ちは理解できた
としても(それだけだって危ないことだけど…)、
それを大人がリアルに実行してしまえたということ
が、どうにも信じられません…。
肉体的な感覚としても信じられないし、
誰だって、あんな罪を犯せば自分の一生は終わりだ
ということはわかりますから、どんなに自己中心的
な人だって、自己愛がある以上は、できないはずの
ことでしょう。
孤独感の中で、自分の大切さも他人の大切さも何も
感じなくなってしまったのか、それとも劇場型殺人
を犯すことが彼の最後の自己愛だったのか…。

どんな凶悪犯人も、一生を悪人として過ごすのでは
ないし、根っからの悪人はいないはずと、私は思っ
ています。
境遇さえ良ければ(少なくとも、生きていることに
何らかの喜びを感じる時間が時々でも持てれば)、
きっと罪も犯さずに済んだのでしょうに…。
報道で知る限りでは、加害者の家族関係が希薄な
印象なのに違和感がありますが、それでも本人も
「中学までは幸せだった」と述べているようだし、
両親や周りの人から愛情を受けた記憶は残ってい
たでしょうにね。
「今」への不満は、そんな幸福な「過去」を全否定
してしまうくらいに強かったのでしょうか…。

…とりとめもなくなりましたが、noaさんが
>こんな歌を歌いながら
 もし、誰かと過した日々を想えたら
…と連想なさった気持ち、わかる気がします。

何十年も忘れていた小さな歌一つにも、愛は溢れ
ている…世界はそんなにも素敵なのに、と…。
2008-06-14 Sat 11:35 | URL | ミセス・かんちがい #bhhZubZs[ 内容変更]
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