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虹消えて…(R子ちゃんの葬儀)
2007-06-19 Tue 21:43
2007年6月19日(火)

今回のR子ちゃんの葬儀では、仲人である私たち夫婦は、自宅
での納棺、斎場での通夜・告別式、火葬場での骨揚げ、菩提寺
での繰り上げ初七日法要、精進落としの会食まで、その全てに
同席させて頂いてきた。
いつもR子ちゃんに介護されていたお舅さん(A君のお父さん)は
力を落とされて、痛々しかった。
R子ちゃんの実家のお母さんは、今回のショックで具合が悪く
なり、葬儀には来られなかった。
いろいろな意味で辛い葬儀で、長く感じた2日間だった。
今までいろいろな人の葬儀に出てきたが、こんなにも涙が出た
のは、昔、妹が死んだ時以来だったと思う。

葬儀の仕方というのは、地域や宗派により異なるものだ。
“湯灌(ゆかん)の儀”と呼ばれる納棺の儀式は、私には初めて
経験するものだった。
儀式の前に、一同、豆腐と酒を口にして身を清める。
それから、故人の手足などを拭き清め、白い死に装束を順番に
着せて、皆で死出の旅路の身支度をさせるのだ。
足袋を履かせ、脚絆、手甲(てっこう)を付け、六文銭を持たせ、
足元には草履を、手元には杖を、枕元には天冠と編笠を置き、
最後に着物=経帷子(きょうかたびら)を掛けて、帯を置いた。

こうした儀式は実によく考えられていて、それぞれに意味のある
大切なものだと、今回は特に強く感じた。
最初は、故人の死を信じたくない、納得できないという気持ちが
強いのだが、幾つかの儀式をし、何度も別れを告げているうち、
少しずつ、その死が実感され、諦念のようなものが生じてくる。
亡骸を荼毘(だび)に付す頃になれば、故人がもはや私たちには
手の届かない、向こう側の世界に行ってしまったことを、観念し
て受け入れるしかないのだ。
葬儀は、死んだ者のためでなく、残された者のためにあるのだと
聞いたことがあるが、まさに、こうした儀式は、残された者たちが
それぞれの悲しみとの折り合いをつけるために必要なのだと
感じる。

通夜、告別式は、一主婦の葬儀とは言えないような、大変立派な
ものだった。
R子ちゃんは毎日仕事に出ていたわけではないので、私たち夫婦
の認識としては、R子ちゃんは、まずはA君の奥さんであり、A家
の主婦であると思っていた。
が、今回の葬儀を通して、彼女が声優さんとして、いかに活躍し、
高く評価され、多くの人に親しまれていたかということを、改めて
知ることになったのだった。
 
[ 続きはここから… ]

生花や供物は、祭壇の両脇に飾りきれないほど届けられ、斎場
の両側の壁にまでぎっしり並べられた。
準備の段階で、生花の注文の電話が鳴りっぱなしなので、葬儀屋
さんがびっくりして、「故人はただ者ではないですね。故人の生前の
活動にまつわる品を展示するコーナーを作りましょう」という発案が
あったそうだ。 そしてそのコーナーには、R子ちゃんの舞台写真
やパンフレット、使用した台本などが並べられ、モニターには彼女
の出演する舞台のビデオ映像が映り、読経の間以外は、彼女の美
しい歌声もずっと流れていた。
R子ちゃんは、子どもや少年の声を担当することが多かったので、
テレビアニメの台本も沢山あった。洋画の日本語吹き替えでは、
例えば「ターミネーター2」(エクストリームエディション版)で、
ジョン・コナー少年の声という重要な役どころをこなしている。
声優さんとして脂が乗っていた時でもあったようで、R子ちゃんを
もっと大々的に売り出そうという動きもあったところらしい。
参列者の数もとても多く、焼香も1度に6人ずつするのだった。
そして本当に泣いて悲しんでいる人の多さに、胸を打たれた。
R子ちゃんが、こんなにも沢山の人に愛され惜しまれたということ
は、私たちにとっても、大きな慰めになった。
贈られた花が多いので、棺に入れる花も、棺からあふれるほどに
入れても、まだまだ余るほどだった。
沢山の花に埋もれるようにして、出棺は、彼女自身が歌う「虹の
向こうに=Over the Rainbow」(声楽レッスンの時に録音した最新
の歌声)に乗って行われた。
今後は、この曲を聴くたびに、きっとR子ちゃんのことを思い出す
ことになるだろう。

死因は、一言で言えば、持病の急激な悪化ということらしかった。
彼女が肝臓系の難しい病気を持っているということは、私たちも
10年ほど前から聞き知ってはいた。
しかし、そうは聞いても、R子ちゃんはいつも明るく元気だった
ので(実際、死の数日前まで、元気に外出などもしていたそうだ)、
薬の服用などで、何とか飼い馴らしていける程度の持病だと思い、
私たちは、そこまで深刻には受け止めていなかった。
彼女自身も、多少のだるさは常態となっていたので、特に病気が
進行しているという自覚もなかったのではないかという。
とりあえず症状を落ち着かせてから本格的な治療に入るつもりで
いたら、そのまま多臓器不全に陥り、入院して3日もたたないうち
に亡くなってしまったのだ。
彼女は、頑張りすぎてしまうのが難というくらいの頑張り屋さんで、
家事も仕事も家人の世話も、手を抜くことなく頑張っていたので
過労ということもあったかもしれない。 が、やれることを精一杯
やり尽くし、悔いのない人生だったと言えると思う。

喪主としてのA君は、立派だった。
彼にとって、この1週間は、ほとんど寝る暇もないような過酷な
日々だったろう。
最後の精進落としの会食の席で、私たち夫婦は、「これが済めば、
A君も、どっと疲れは出るだろうけれど、やっとゆっくり休めるね」
などと話していたら、思いがけないことを耳打ちされた。
R子ちゃんのお母さんが亡くなったというのだ。
絶句した。
亡くなった時間は、ちょうど、R子ちゃんの遺体が火葬場に着く
頃であったらしい。
「仲良し母娘だったからね、娘と一緒に逝きたかったんでしょう」
…親戚の人は、そう言っていた。



 虹消えて音楽は尚ほ続きをり  (高浜虚子)

親しい人が亡くなると、私はいつもこの句を思い出す。
目に見える虹は消えても、虹が奏でた美しい時間の思い出は、
音楽のように私たちの心の中で響き続ける。

R子ちゃんの笑顔と歌声が、どうか、いつまでもA君の心の中で鳴り
響き、A君を力づけてくれますように……。


《追記》
お通夜に参列した後輩の一人、若だんなさんが、“Rさんの通夜
で考えた「夫婦」ということ
”という記事を書いておられた。
トラックバックをさせて頂く。

《追記・その2》
R子ちゃんが亡くなって日が経ち、もはやこの記事を彼女の
知人以外が見ることはまずないと思われるので、更に追記を。
葬儀にあれだけの会葬者が訪れたのだから、私や若だんなさん
以外にも、きっとR子ちゃんの死を傷む記事を書いた人がいる
はずと思って、実は記事を書いた後、彼女の芸名(旧姓)で
検索をしてみた。
やはり、彼女への追悼記事が幾つも見つかった。
彼女の名前を知らない人でも、「幽遊白書」の鈴駒(りんく)役
の声を担当していた声優さんというと、通りが良いようで、
2チャンネルなどでも話題にされていた。
Wikipediaにも彼女の項目があり、死の数日後には死亡記事
が書き加えられていて、彼女が“有名人”だったことを改めて
痛感した。
ここでは、特に心に残ったブログ記事を1件、ご紹介しておく。
 
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コメント
--
かんちがいさん、ご苦労さまでした。
わたしも母の旅路では同じように死に装束の仕度を
手伝いました。
読みながら5年前のことを思い出し、もらい泣きして
しまいました。
我が母のときは、お経なし。好きだったタンゴ音楽を
流して花の葬でした。
Over the rainbowすてきだったでしょうね。
R子さんと母上様のご冥福をお祈りいたします。

ところで、先週末はわたしもこちらで夫の親友の
お葬式でした。



2007-06-20 Wed 02:03 | URL | spacesis #4OrEtIGA[ 内容変更]
--
お母様も一緒に旅立たれたなんてほんとに辛いですね。

私もたくさん自分にとって大切な人を見送ってきたから
これを読んでたら,いろいろ思い出されて涙が出そうでした。

残された者の悲しみが癒えるには時間がかかるけど
自分が前を向いて歩いていることで
亡くなった人達もいつも側にいてくれて支えていてくれると思っています。

ご冥福をお祈り致します。
2007-06-20 Wed 20:01 | URL | きゃしー #-[ 内容変更]
-寂しいけどそうもしてられませんよ!-
お疲れ様でした。本当に”ええ人やったなあ”と慕われる仏様。ご冥福をお祈りします。
 ウチの祖父と妹の1日違いの葬儀を思い出し手を合わせました。    このブログではいろいろと勉強させてもらって有難く今更ながら感謝しています。
子供9人(3人欠け)祖父母、両親、敗戦の引揚げ家族。父が社宅が当たって家族は兵庫県に引越し、四国の田舎の子供の無いご夫婦から一人置いて行け(街の生活は大変だから)と好意で妹を田舎に残した(父への反発から私は暫くこの妹の貰われ先に同居しました)
高校の転校試験の時もこの妹に「不合格なら又帰ってくるよ」
と慰めを言ったらうなずいてた。
この妹が急に悪くなって両親は田舎、私は兵庫で祖父を看てましたがこっちも急に亡くなりました。連絡は弔電のみ、至急帰っては来れません。弟妹は泣くばかり、葬儀屋に頼んだら何と同級生(と言っても転校間もない頃で馴染みも無い)が来た。オロオロしてる私に先ずチャントした台詞の挨拶をする。
 電車の吊り広告”我が家に有ってはならぬもの、社会に無くてはならぬモノ公益社” は何時もこの同級生を思い出してます。
立派な大人の職業人振る舞いにビックリした記憶が有ります。

人生いろいろ有りますね。何時何処で何が有っても微動だにしない自分をと肝に銘じました。

爆発しない温泉へ(よき半分)を誘ってお出かけ下さい。
2007-06-21 Thu 03:39 | URL | nakayoshi #aRSr3rzA[ 内容変更]
-残された者は頑張って生きなくちゃね!-
spacesisさん
同じ週末に、親しい人の葬儀だったのですね。
家族ぐるみで付き合っていた方が亡くなるのは辛いですね。

“Over the rainbow”の歌が流れる出棺の光景は、本当に
「素敵」でした。
(「素敵」という言葉にちょっとビックリしたのですが、思い出し
てみると、本当に「素敵」としか言いようがない…)
歌がまた、その場の情景にぴったりでした。
葬儀のクライマックスなのに、悲しみを和らげてくれるような、
美しく感動的な1シーンでした。
タンゴ音楽を流して花の葬…というのも、いいですね。
spacesisさんも、せっかく美声をお持ちなんだから、
今のうち、ご自分の葬送用に、お気に入りの歌を録音して
おくといいわよ~(笑)
でもまだ40年も生きるなら、使うのはずっと先か…^^

私は特に長生きしたいというより、自分と夫の両親を見送り
終えるまでは、絶対に死んではいけない…と思っています。
4人全員を見送り終わるのは、まだ当分先でしょうから、
やっぱり元気で長生きしなければいけませんね…^^
「佳人薄命」という点が若干心配ですけど(笑)、お互い
長生きして、死んだ時には「よく生きましたね」と喝采を
贈ってもらえるような人生にしたいですね。

きゃしーさん
お若いのに、大切な方を何人も見送っていらっしゃるのね。
  自分が前を向いて歩いていることで
  亡くなった人達もいつも側にいてくれて
  支えていてくれる
…そんなふうに思えるまでには、大きな悲しみを乗り越えら
れたこともわかります。
いつも前向きなきゃしーさんの生き方に、うなずけるものが
ありました。
人は、普段は「死」のことを忘れていますが、時々人の死を
見ることで、「死」について、ひいては「生」について考える
ことができるわけで、それはきっと、故人からの最後の
プレゼントなんでしょう。
残された者が、より良く生きるのが最高の供養でしょうね。

nakayoshiさん
お祖父様と妹さんの葬儀が、一日違い…。
そんなことが、やはりあるのですね。
残された者は辛いけど、一緒に逝けた二人は、寂しくなくて
よかった…そう思うしかないですね。

「何時何処で何が有っても微動だにしない自分を」…。
微動だにしないのは難しいけれど、いつどこで何があるか
わからないのだから、悔いのないよう、日々を大切にしたい
と、私も思っています。
「ええ人やった」と思われなくてもいいから、「憎まれっ子
世にはばかる」でもいいから(笑)、お互い、長生き致しま
しょう(^_^)

そう言えば、昨夜、スーパー銭湯に行って疲れを癒して
きました。 すごくすいていたのは、爆発事故の影響?!
…その銭湯は、温泉ではなく、沸かし湯なんですが…(笑)
2007-06-22 Fri 12:03 | URL | ミセス・かんちがい #bhhZubZs[ 内容変更]
-こんばんは、初めまして-
咲太郎と申します。
レイコ姉さんと一緒に声楽のレッスンを受けていた者です。
私ごときの記事を紹介していただき
ありがとうございます。
レイコ姉さんが亡くなられて一年が経った今も
ひょっこりレッスン場に顔を出すのではと
全く実感が涌きません。
愛すべき尊敬すべき大先輩、レイコ姉さんに改めて
心からお悔やみを、そして感謝を申し上げます。
天上でも元気で明るくみんなを楽しませてください。
ありがとうございました。

日本語が勉強不足のため、間違った表現がありましたら、お許しくださいね。

2008-06-27 Fri 22:23 | URL | 咲太郎 #7ScjOPVQ[ 内容変更]
--
咲太郎さん
ご丁寧に、コメントをありがとうございます。
私の方は、以前にトラックバックさせて頂いたきり、
ご挨拶もせずにいてスミマセン…。

咲太郎さんは、テアトルエコーの活動や歌のレッスン
で、レイコちゃんと関わりがあった方なのですね。

彼女の死はすごく悲しかったけれど、葬儀を通して、
彼女があんなにも多くの人に愛されていたと知ったこ
とは、身内のような私にとって、大きな慰めでした。
咲太郎さんが書かれた追悼記事も、彼女を知っている人
には嬉しいだろうな…と、そう思って、勝手に紹介させて
頂いたのでした。
一周忌も過ぎた先日、お墓参りにも行ってきました。
私も、彼女の明るさをいつまでも身近に感じていたいと
思います。
咲太郎さんも、歌の活動、どうぞレイコちゃんの分まで
頑張って下さいね!
2008-07-06 Sun 17:36 | URL | ミセス・かんちがい #bhhZubZs[ 内容変更]
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2007-06-20 Wed 18:02 若だんなのよしなし事
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