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「3・11地震」と私事(孫たち等被災)の顛末
2011-03-14 Mon 23:54
2011年3月14日(月)

ツイッターでもつぶやいた通り、53年間生きてきて、「安心する」
という言葉の意味を初めて知った気がする一日だったのである。
本日は電話もメールも沢山した。
そのうちのメール3通の内容を以下にコピペして、ブログ記事に
代えさせて頂く。
(内容に重複部分があるのは、ご容赦。)


●鹿児島の義父へのメール(PCで入力してケータイに送信)

朝、S太(わが次男=岩手出身のYちゃんと結婚、現在2児の父)
から電話が来ました。岩手の大船渡の親族、全員無事です。

実を言うと、最初にお父さんたちが心配した通り、Yちゃんと
孫2人が、ちょうどあちらに里帰り中でした。
岩手のお父さんがまだ赤ん坊の顔を一度も見ていなかったの
で、見せに行ったのです。
そこへ、あの地震と津波でした。
ずっと安否不明で、私たちも気が狂いそうなくらい心配で、今
まで、お父さんたちには、とても言えませんでした。
ごめんなさい。
私の両親には、妹から連絡が行ってしまったようで、母はテレビ
を見ては泣き通しだったようです。

誰よりもS太が可哀相でした。私たちも協力して、安否確認用
の災害伝言板などで、情報を求め続けていました。
T郎(三男)もよく協力してくれました。
大船渡のあたりは、比較的被害が軽くて、9割方は避難所にいる
だろうと思えましたが、子どもや年寄りを連れて、短時間で充分
高い場所に逃げきれたのか、家が古い木造なので、そもそも津波
の前に倒壊したのではないか?などの心配もありました。
避難所にいるにしても、きっとYちゃんのお乳が出ないだろう、
Aのミルクは足りているのか? 停電で真っ暗な中で、Kがおびえ
きっているだろう…と、心配の種は尽きませんでした。
昨夜は岩手県の安否相談ダイヤルというのが開設され、皆で手
分けして電話をかけ続けましたが、混み合って全然通じません。
S太は昨夜も寒い中、外の公衆電話に出かけて、(公衆電話の方
がつながりやすいし、自分の携帯はいつでも電話を受けられるよ
うに空けておくため)、深夜1時頃まで(本当は2時頃までだっ
たが少し控えめに書いた)
電話をかけ続けていたようです。

今朝、S太から、泣き声で「電話が来た! 全員無事」と、連絡が
来たのでした。
避難所は、大船渡の盛(さかり)小学校という所です。
大きな避難所で、有難いことに、皆さんに良くしてもらっていたそ
うです。
電車が動くようになったらすぐにでもS太が、Yちゃんと子どもを
迎えに行く予定ですが、まだ当分は無理でしょう。このメールを打
っている今も、取手で大きな余震を感じたほどです。停電で電車
も動きません。とにかく無事だったので、それだけで今は感謝して
いるところです。安心で涙がとまりません。
詳しいことや今後の見通しなど、またわかったら連絡します。

S太はあちこちへの連絡や仕事で忙しくしています。
私から事情を聞いたと、S太には、電話でなく、ねぎらいのメール
を送ってやって下さい。
 
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「あかちゃんのくるひ」を待つ(近況報告)
2010-10-23 Sat 23:57
2010年10月23日(土)

我が家にある、大好きな古い絵本の1冊に、私が高校生の時に
買った、いわさきちひろさんの「あかちゃんのくるひ」がある。
調べたら今は絶版。書影もなく、古書でしか買えない。
しかも私が持っているのは、アマゾンの古書の初版より古く、
1974年版、至光社ブッククラブ・国際版絵本の第3刷だ。

あかちゃんのくるひ (1981年)あかちゃんのくるひ (1981年)
(1981)
岩崎 ちひろ武市 八十雄

商品詳細を見る(アマゾンへ)


これは、お母さんが赤ちゃんを連れて病院から帰って来る日のこ
とを、お姉ちゃんになる3歳くらいの女の子の立場から描いたお話。
女の子は、赤ちゃんが来たらどんなことをしてあげようかと考
えたりしながら、赤ちゃんとの対面を、どきどきしながら待って
いるのだ。
この絵本の中に

 あかちゃんの ぼうし
 ちょっとだけ かぶってみよう
 あかちゃんの くるまえに


というページがあって、その絵は表紙にもなっている。


(我が家のをスキャン。実際の本は正方形。)



なんで、こんな話をするかというと、次男の家にもうすぐ赤ちゃん
(私にとっては2人目の孫)が生まれるのだ。

ツイッターを見て下さっている方は既にご存じと思うけれど、
今回はお嫁さんのYちゃんが、里帰り出産をせず、現住地の前橋
でお産をすることになっていて、私は11月に入ったら、産前産後
の世話、手伝いの為に暫く前橋で暮らすのだ。
(泊まり込んでもいいのだけど、一応、私の寝場所として、次男
 たちのアパートのすぐ近くに、マンスリーマンションを既に借り
 てある。)

昨日・一昨日は、そのマンションに身の回りの物を運んだりする
ために、夫と一緒に前橋に行ってきた。
いろんな段取りをYちゃんと相談して、退院の時やお宮参りの時
に赤ちゃんに着せるのは、上の子の時のベビードレスでいいね…
なんて言って、ベビードレスを出してみたりしていた。

すると、そばで見ていた孫娘のKが、ちょうどこの絵本のように、
赤ちゃんの帽子をひょいとかぶったのだ。

うわ~、「リアル・あかちゃんのくるひ」だ!
大好きな絵本の場面をリアルで目にする日が来るとは思わなかった。
自分の子どもの時は、こういう経験はなかったのだ。
(私は男の子しか産まなかったし、2度目のお産の時は、長男を鹿
 児島に預けていたので、こういう状況はなかった。)



現在2才11ヶ月。 まだまだ甘えていたいだろうけれど、もうすぐ
お姉ちゃんになるK。
Yちゃんの入院中には、Kにこの絵本を読んであげながら、赤ちゃ
んが家に来るのを待つことにしよう。
 
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孫娘Kの成長記録動画(2歳8ヶ月)+関連ツイートまとめ
2010-07-28 Wed 00:36
2010年7月28日(水)

ツイッターでは報告済みだけれど、土曜と日曜、次男一家が泊ま
りに来た。(最初は土曜のみの予定だったが、2泊になった。)

いつもながら、誠にババ馬鹿で申し訳ないけれど、2才8ケ月の
孫娘Kの動画を3本。
おじいちゃんと、初めてのキャッチボール? 《YouTube55秒》
うろ覚えの『はらぺこあおむし』を読む 《YouTube1分6秒》
ジャンケンのルール?を説明する2歳児 《YouTube35秒》
(興味のない方は、スルーして下さい & ご覧になる方は、背景の
 散らかり具合は無視して下さい…笑)


1、おじいちゃんと、初めてのキャッチボール? 《YouTube55秒》
 (音声は無し…名前を連呼してしまったので。)
 キャッチボールと言っても、部屋の中、至近距離。
 夫(ソファーベッドに腰掛け、半分テレビを見ている)と、小さいボー
 ルの投げっこをする孫娘。
 これを見る限り、あまり運動神経は良くないけど、ちょっと上達。


 ※YouTubeのページで見る場合はこちら



2、うろ覚えの『はらぺこあおむし』を読む 《YouTube1分6秒》
 今では古典的な絵本となり、いろんなグッズも販売されている
 『はらぺこあおむし』。

 
はらぺこあおむしはらぺこあおむし
(1989/02)
エリック=カール

商品詳細を見る(アマゾンへ)


 我が家には、これの古いバージョン(私が大学1年の時に惚れこ
 んで買い求めたもので、1976年版・3刷)がある。
 孫娘のKは、暫く前にこれを図書館で借りて、家で何度も読み聞
 かせてもらっていたそうで、ストーリーをだいたい覚えていた。
 もちろん字は読めない(数もわからない)が、絵を見ながら、いい
 加減に音読?しているところ。
 ちなみに、これはお風呂上がりなのだが、パジャマは自分でボタ
 ンもはめて着ることができた。
 
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今年のおせち+2才孫娘語録など
2010-01-06 Wed 22:32
2010年1月6日(水)

豆台風の2才孫娘が去ったのが3日。
翌4日は、ご近所仲間と、“はとバスツアー”で都内で遊ぶ。
昨日5日が仕事始めで、〆切が重なっている仕事の中で、一番
緊急度の高い仕事から必死にやっつける。
で、すっかり、新年のご挨拶も遅くなった。
改めまして…

   明けましておめでとうございます。

ブログ更新も、コメント等のお付き合いも無精な私だが、本年も
ぼちぼち続けていく気は一応あるので(笑)、時々思い出して覗
いてやって頂ければ幸いである。


さて、恒例のおせちの備忘録。
今回は、鹿児島から到来した食材が沢山あったので、おせちは
簡単で少なめ。
焼鯛を買いそびれたこともあり、重箱の中身はちょっと寂しい。
我が家のおせちの特徴とも言えるサバの昆布巻きだけは必須。
(これも今回は予め作って冷凍しておき、軽く煮直しただけ。)
煮しめも、今回はいり鶏にした。(参照したのはこちらのレシピ)。
普通の煮しめより短時間でできるし、家族の評判も上々だった。
きんとんはいつもは手作りするのだが、今回は実家の母からもら
った栗100%の栗きんとん(多分栗の甘露煮を作ろうとしたが、煮
崩れたため、きんとんになった?…笑)があったので、それを冷凍
パイシートでくるんで、マロンパイ風にしたら、これも好評。





鶏刺しや、鰹の刺身もふんだんに食べたし、福豚の残りも、次男
の勧めに従って、ホットプレートでサッと半焼きにしてわさび醤油
で食べ、それも美味しかった。
孫娘のKは、なまものと餅は食べなかった(与えなかった)が、そ
れ以外のものは、だいたい何でもよく食べた。
大晦日の晩など、食卓に並んでいくごちそうを見ると待ちきれない
様子で、Kは早々と着席し、食べ物を乗せたスプーンを手に持った
まま、今か今かと、「いただきます」を待ち構えていた。
おあずけ状態で健気に待っているその様子があんまり可愛いので、
Kだけ、一足先に食べさせ始めたりもした。
ちょっと意外だったのは、年越し蕎麦を「もっと、チュルチュル~」
と言って、何杯もお代わりして食べていたこと(小さな器だが)。
あと、大人たちが余り食べない黒豆も、よく食べていた。
普段から好きだというミカンは、自分で皮をむいて上手に食べる。


2才1か月のKは、今がちょうど、第1反抗期である。
「K、歯磨きしよう」──「歯磨きしないよ~」
「お着替えしよう」──「やだもん、しないもん」
「お風呂に入るよ」──「はいんない! いま、あそんでる!」
そんな感じで、とにかく悉く否定する、わかりやすい反抗期。
とは言っても、簡単に好物につられて節を曲げ、ちょっと叱られれ
ばあっさり転向する、たわいもない反抗期ではある(笑)。

泣くほどの人見知りはしないが、内弁慶。
家の中ではうるさいほどしゃべっているのに、外で人に声をかけら
れたりすると、ほとんど答えられない。
Kが苦手なのは、
 ・知らない人
 ・(中でも)男の人
 ・(その中でも特に)テンションの高い人

である。

それでテレビをつけていると、画面に複数の男性が出てきて、普通
と違うテンションで会話したり笑ったり、踊ったり歌ったりするので
「こわい、こわい、こわい、こわい~」と泣き叫ぶ。
お笑い系は特にダメ。
(確かに、お笑い芸人って、日常的に見かける人と比べたら、不審者
 みたいなテンションだもんなあ…笑)
それで、テレビ好きの夫には気の毒なことだったけど、年末年始は殆
どテレビを見られなかった(もちろん、夫は録画していた。)
子ども向きアニメ番組でも、ちょっと怖い悪者が出てくると、「こわい、
こわい~」と消してしまう。
「おかあさんといっしょ」などでも、歌のお兄さんはOKだけど、体操
のお兄さんは、妙に元気なので苦手らしい(笑)。
絵本も、「ももたろう」などは、鬼が出てくるのでNG。

以下、そんな2才1か月の孫娘語録。
 
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孫娘の2才の誕生会(とんとん広場で豚しゃぶ+群馬フラワーパーク)
2009-11-27 Fri 11:04
2009年11月27日(金)

新幹線を使ったおかげ?で、夫より一足先に新前橋駅に着
いた私は、ホームで夫の到着を待つことにした。
ベンチに腰かけて、自分が普段用のジーパンを履いて来て
しまっていることに、初めて気づく。
本当は、ウールのスラックスを履いてくるはずだった。

…ああ。(軽い溜め息)

普段なら、もうちょっとがっかりするところだ。
素材的にも色的にも、上に着ているものと、まるで釣り合い
が取れていない。
しかし、この日の私は、朝から既に幾つもの難関をクリアし
てきていた
ので、こんなことは、どうでもいい些末な問題に
思えた。
靴のカタカタよりはマシだしね…。)

間もなく到着した夫と、無事合流。

私 「荷物4つ持って降りるの、大変だったね」
夫 「うん、どれがあんたの分の荷物かわからなくてさ、混
  んできて網棚の荷物も増えていたから、荷物を下ろす時、
  周りの人に、『これ、どなたかの荷物ですか? 違います
  ね? じゃ、うちのだ』…って、確認しながら下ろしたんだ
  よ」

…自分の荷物がわからないヤツって、相当怪しかったろうな。
(笑)。

それから、迎えに来てくれた次男の車で、いったん次男宅へ。
荷解きなどしてちょっと休憩してから、皆で食事に出かけた。

今年の新年会に、次男夫婦は“福豚”という美味しいしゃぶし
ゃぶ肉を持ってきてくれた
のだが、その福豚のしゃぶしゃぶが
食べられる、とんとん広場というレストランに連れて行って
くれる約束になっていた。

「とんとん広場」は前橋市内だが、赤城山麓にあって、次男宅
からは、車で40分ほどの所にある。
評判が良いらしく、不便な場所にある割には客の入りも良くて、
美味しい豚トロしゃぶしゃぶを、我々も堪能した。



食後は、ぐんまフラワーパークで遊ぶ。
ここには、息子は校外学習の下見で来たことがあるそうで、アス
レチックほかいろんな遊具があったり、小動物がいたりもするの
で、Kを遊ばせるのにちょうどいいというわけだ。


 
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孫娘の2才の誕生会…の予告編(笑)
2009-11-24 Tue 05:41
2009年11月24日(火)

先週土曜は、父の78才の誕生日で、実家で過ごした。
その翌日の日曜は、孫娘の2才の誕生会に呼ばれて前橋へ。
(本日24日が誕生日なのだが、22日に誕生会をしたのだ。)

取手から前橋までは、電車でだいたい2時間半である。
取手駅を9時頃に出る電車に乗る予定だったから、さほど
忙しい予定ではないはずだった。

が、朝7時半に、玄関チャイムがピンポ~ン。
まだベッドの中だった。

私 「…わ、植木屋さん、来ちゃった。あなた、出て!
  私、こんな格好(寝巻)じゃ出られないから」

トレーナーの上下をパジャマ代わりにしている夫に、応対し
てもらう。
この日は植木屋さんが来ることになっていて(それも前夜に
連絡が来たのだ)、留守の間にやっておいてくれるというこ
とだったのだが、まさか、こんな早い時間に来るとは(汗)。

それから慌てて服を着て、私も職人さんに挨拶して、それか
ら食事をし、化粧をし、職人さんのお茶の準備をし(完全な
留守中だったら、お茶出しも不要だろうが、顔を合わせた以
上は、「後で飲んで下さい」と、湯をポットに入れて置いてい
く方がいいだろう。若ければ、気が利かないのも愛敬だが、
私は“いい年”なんだし…笑)、孫へのプレゼントやら食糧や
ら大荷物を持って、いざ出発しようとしていると、

植木屋さん 「一応、概要を説明しておきます」
夫と私   「ああ、はい…」

…乗るはずの電車を1本逃した。
それでも、予定通り、上野10時発の特急草津には間に合った。
特急券を買う時、指定席は満席と言われて焦ったが、自由席
はまだガラガラだった。

私 「なんだ~、こんなにすいてるじゃん。よかったね」

贅沢に前後に1列ずつ(二人とも窓側)を取り、網棚に荷物を
乗せる。

私 「…あれ、私のハンドバッグは…?」





ない、ない、ない!!!

なんで?


ええと、さっき、特急券を買ったんだから、バッグから財布を出して…


…って、手には財布だけ持ってるじゃん!

ホントに、バッグを失くした、と、ここで初めて理解する。

きっと特急券を買う時、窓口の台に置いて、忘れてきたのだ。
この日は荷物が多かったし急いでいたから、床に置いた荷物を
2つ持って、財布をバッグに戻すのを忘れて財布だけ握ってき
てしまったのだ。

「さっきの窓口、行ってくる!」

急いで電車を降り、ホームの階段を駆け上がる。
階段を上がれば、窓口はすぐだ。
さっきから、まだ、3分くらいしか経っていないだろう。
まだ、あるかも。…いや、もう、ないかも…。
祈るような気持ち。

なかったとしても、財布を失くすよりはまだ被害が少なかった
か…(財布にはカードとか免許証とか入ってるから)と考える。
でも、ハンドバッグだって、いろいろ入ってるし、失くせば大シ
ョックだ。

窓口の人に、息せき切って
「あのっ、ハンドバッグありませんでした?」

奥の方の女性駅員さんが、「これですか?」

「…ああ、そうです! よかった~!!」

すぐに渡してもらえて、礼だけ言って、また、ホームへの階段
を駆け降りる。

…と。



発車ベル。



えええ~~~っっっ!

急いでも1段ずつだから、なかなか進まない。
(段飛ばしで降りるのは無理…)
降りきらないうちにドアが閉まるのが見え、ホームまで降りた時
には、電車は動き始めてしまっていた…。


ああああ…。

無情にも電車は行ってしまった。

夫と4つの荷物を乗せたまま…(笑)。
 
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夫の好物を思うこと(黄金桃を頂いた時のこと)
2009-09-11 Fri 11:56
2009年9月10日(木)

暫く前に、岩手(次男のお嫁さんYちゃんの実家)から、
発泡スチロールの箱の宅配便が届いた。
今の季節、秋刀魚がメインだ!と、すぐわかる。
いつもなら、すぐに夫に
「岩手のお魚が届いたよ! 今夜は家で夕飯食べてね」
と、メールをするところ。
が、今回は、

ああ、せっかくなのに、タイミングが…(溜め息)

夫はその日はちょうど秋田に出張していて、帰宅は、翌日
の深夜になる予定だったのだ。

残念だなあ…今夜、刺身で食べるのが一番美味しいのに…
と思いながら、中身を確かめる。

発送の時期や中身は、魚屋さんに“お任せ”らしいのだが、
最近は1~2種類を大量にでなく、2人暮らしの我が家に
合わせて、いろいろな種類の魚介を小量ずつとりあわせて
送って下さる。
(次男たちの所にも、同じものを送るらしい。)

サンマ5尾、アジ2尾、サバ1尾、カレイ2尾、鮭2切、
殻つきホタテ5ケ、タラコ2腹、スジコ2腹…
そんな感じで、冷凍しておけるものもあるし、夫がいる時で
あれば、2人で2晩、豪勢に食べれば、鮮度勝負のものは、
あらかた胃袋に収まってしまう内容だ。

しかし私一人では、とても食べきれない。
かといって、多人数で分けるのも難しい。
で、お向かいのT橋さんにだけ、声をかける。

私 「…というわけで、今夜も明日の晩も主人がいなくて
  もったいないから、少しもらってくれる?」
T 「わあ、嬉しい! 今夜は丁度、K恵たちも来るのよ」
私 「あ、そうなの、だったら、いっぱい持ってって~!」

T橋家も普段は夫婦二人暮らしなのだが、お嬢さん夫婦が
一緒に夕飯を食べるなら、誠にタイミングもよく、そんな風
に賑やかに食べてもらえたら、私も嬉しい。
(K恵ちゃんは昨年結婚して、今は若奥様。お料理のセンス
 も抜群なのだ。)

いや~、夫がいなかったのは残念だけど、せっかくの美味し
い魚が、喜んでくれる人たちの所に行って、良かった、良か
った。

…と思っていたら、魚のお礼ということなのだろう、夕方、
T橋さんとK恵ちゃんが揃って、何やかや持って来た。
K恵ちゃんが実家への土産として持参したものを、半分は
我が家にくれることにしたらしい。

もともと、到来モノらしいのだが、黄金桃(おうごんとう=
別名・黄貴妃!)という、立派な桃(一瞬、梨かと思ったく
らい、黄色い)と、石垣島の名産のカマボコ
それと、T橋さんが焼いた、焼きたて食パンが、ど~んと
丸ごと2斤分!
(数日後には、北海道のトウモロコシも頂いた。)



私  「こんな、高級品や珍しいものを…。かえって悪かったわ
   ね~。 それに、せっかく焼いたパン、K恵ちゃんが来るか
   ら焼いたんでしょ? もらっちゃって、いいの?」
T  「いいの、いいの。フォカッチャとかも焼いたから」

何だか、すごくいい“物々交換”になったなあ…。
夫は桃が大好きなのだ。
刺身を食べ損ねた代わりに、珍しい桃が食べられることになっ
たなんて、世の中、うまく回るものだなあ…。
と、夫のためにも喜んだ私だった。



しかし、この美味しい桃以上に、私の心に染みたのは、実は、
K恵ちゃんが、嬉しそうに言っていた一言だ。
それは、
「ダンナが、ホント、秋刀魚 大好きなんですよ~」
という、何でもないような一言だった。

それを聞いた時、私は、K恵ちゃんに、何とも言えない若妻ら
しい可愛さを感じたのだ。

小さい頃、うちの庭ですっぽんぽんで遊んでいたこともあるK
恵ちゃん。
我が家のリビングの床に、盛大にお米をまき散らすイタズラを
してくれたこともある K恵ちゃん。
我が家で、粘土細工みたいにクッキー作りを楽しんでいたこと
もある K恵ちゃん…。
(どれも、本人は覚えていないだろうけどねえ…)

そのK恵ちゃんが、今では
「ダンナが、ホント、秋刀魚 大好きなんですよ~」
なんて頬を染めて言うのだから、
「ああ、K恵ちゃんも、人の奥さんになったのだなあ…」
と、感慨無量(笑)。
 
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4世代で過ごした鹿児島 ( 孫のKは“たまひきっ”…?)
2009-08-08 Sat 22:36
2009年8月8日(土)

8月3日夕方、次男一家を連れて鹿児島の家に着くと、家の中の
様子が、いつもとはだいぶ違っていた。
大きな食卓は部屋の中央に寄せられ、その上はすっきりと片づ
き、人数分の客用コップが用意されている。
普段はあちこちの部屋に分散している椅子も、テーブルの周りに
集められている。
普段は、どう片付けていいのかもわからないほど、モノが溢れ
ている洗面所も、こざっぱり。
(お~、お義父さんお義母さんも、やればできるじゃん!…笑)

私 「いろいろ頑張ったね~(笑)」
義母「そげんせんでもよかのになあ、おじいちゃんはもう、一人
   で2階のベッドの周りなんかもず~っと片づけて、そら、大
   変じゃったよ…」
そう言う義母自身も、どこか戸棚の奥から引っぱり出してきたら
しい新品の銘々盆を、1枚1枚拭いているところであった。

義父が冷蔵庫から、大きな西瓜を取り出す。
「ちょうど熟れ頃じゃっで、昨日、畑から収穫して冷やしておい
 たのよ。重さを測ったら、10キロ以上あったよ」
油粕の肥料をたっぷり施したそうで、見事で、そして素晴らしく
甘い西瓜であった。

孫一家(義父母は、ひ孫のKや、お嫁さんのYちゃんとは今回が
初対面)を迎えるこの日を楽しみに、義父母たちはきっと、何日
も前から、あれこれ計画し、少しずつ準備していたのだろう。
大変だったろうけれど、その奮闘ぶりを想像すると、微笑ましか
った。
年寄りの暮らしには、時にはそんな「目標」が必要だなと思う。
気が張っているせいか、義父母とも、とても元気でもあった。

美人で素直なお嫁さんのYちゃんのことを、義父母は概ね気に入
ってくれたようだ。
可愛い盛りのひ孫のKにいたっては、もうメロメロな義父母であ
った。

次男が挨拶をして、YちゃんとKを紹介すると(最初の挨拶だけ
はきちんとするように、私がよく言い聞かせておいた)、義父母
は、用意していた金封を次男に渡した。
「切符代やら、いろいろかかったじゃろうから…」
と、小遣いの名目でくれたのだが、20万も入っていたところを見
ると、“結婚祝い金”という意味合いでもあったろう。
(結婚式当時は、次男がまだ就職も決まらない学生のうちに子供
 ができたことについて、義母はちょっとヘソを曲げていたので
 ある。で、その時は5万送ってきただけであった。今は義母の
 気持ちも和らいだようである。)

しかし、私が付いて行ってよかったと思う局面は多々あった。
義母は、いったん「身内」になったと思うと、Yちゃんに対して
も、思ったことをずけずけ言うので(悪気でなく、そういう性分
なのだ)、私は、Yちゃんがびっくりしないか、気分を害さないか
と、はらはらしてしまう場面もあった。

例えば、Kがとても賢いと言って喜ぶのはいいのだが、
「こん子は、あんたたちお父さんお母さんよりも、頭が良かな」
などと、Yちゃんに言うのはどうであろう?(笑)
それはもちろん、親しみを込めた冗談まじりの言葉であることは
私にはよくわかるのだが、そこはお世辞ででも、
「こん子は、Yちゃんに似たんじゃろ、頭が良かな」
とでも、言ってほしいところである(笑)。

また、次男たちは土産として群馬のちょっと高級なお菓子と、
おまけとして、安価な「焼き饅頭」というのを持ってきた。
焼き饅頭の方が賞味期限が短いので、そちらを先に開けた。

焼き饅頭というのは群馬の名物で、私も前にもらったことがある。
白いパンみたいな饅頭に、添付の味噌ダレを自分で塗って焼いて
食べるもので、なかなか素朴な美味しさがあり、私も、これは義
父母が好きそうなものだと思っていたのである。
ところが間が悪いことに、今回の焼き饅頭は、以前とは違う店で
買ってきたもので、饅頭自体もあまり美味しくない上に、味噌ダ
レの味も良くなかった。
しかも、鹿児島の家には、ハケも、まともな焼き網もないので、
焦げつかせないように焼くのが大変なのである。

義母 「…厄介じゃな。こげんとをもらえば、迷惑じゃ!」

…おっとっと、そこまで言う?(汗)
Yちゃんよりも、私の方が慌てて、「いや、前にもらったのは美味
しかった
んだけどねぇ…」。

義母はYちゃんに向かい、
「こげんとより、あんたの田舎の岩手の、美味しいアワビを一度送
 ってもらいたい」

…うわあ、今度はいきなり、アワビの要求?(大汗)

Yちゃんの郷里では、確かに美味しい魚介が揚がるので、私たち夫
婦は、Yちゃんのご両親から、何度か毛ガニやらウニやらを送って
頂いている。
そのことを義母にも言ったことがあるから、義母は「そんなに美味し
い魚介が豊富なら、自分も食べてみたい」と、単純に思って、そんな
ことを口にしたのだろう。
しかし別に、Yちゃんの実家は網元でも何でもないのだし、Yちゃん
のお母さんは、知り合いの魚屋さんにわざわざ注文して送ってくれる
のである。
新鮮で美味しいし有難いことだけれど、私たちはいつも“お返し”に
困ってしまって、そのたびに、鹿児島の高級焼酎やら、牛肉の詰め合
わせなんかを送ってもいるのである。

私 「お義母さん、この人たちが岩手に住んでいるなら、アワビを送
  ってもらうのもいいけれど、岩手のYちゃんのお母さんにお願い
  して、さらに魚屋さんに頼んで送ってもらうことになるから、そう
  簡単な話ではないのよ」
夫 「アワビは一番の高級品なんだよ」

義母はケロリとして、
「知っちょっよ。…でも、あたいはそんな高級品が好き♪」

…処置なしである(笑)。

仕方がないから、私は、義父母も聞いている前で次男に向かって、
「今回、お金もたくさんもらったんだから、その中から2万円ばかり
 岩手のお母さんに渡してね、今度アワビが採れた時に、鹿児島に
 少し送ってもらうように頼んでおきなさい」

それがいいね…と次男夫婦も納得して、Yちゃんなど、けなげに
「アワビのほかには、どんなお魚や貝がいいですか? カニとかは
 どうですか?」
と、義父母に尋ねていた。
(後日、Yちゃんが私に送ってきたメールには、可哀相に、「今度、
 帰省する時には、焼きまんじゅうではなく、もう少し手土産に考
 慮したいと思います」
と書かれていた…。それで私は、「おばあ
 ちゃんはもう焼きまんじゅうのことは忘れていると思うから、気に
 しなくていいよ。おばあちゃんは、妙に世間知らずというか、子供
 みたいなところがありますが(長いこと小学1年生ばかりを相手に
 過ごしていたせいか?)、悪気ではないので、聞き流して下さい…
 と言うか、「慣れて」下さい(笑)」
と返信しておいたけれど、本当は
 私が気を利かせて、事前に耳打ちして、何か用意させるべきだった
 かもしれない。 実は、岩手の土産が必要かも…と、ちらとは思っ
 ていたのだけど、今回は急だったし、子連れで移動するだけで大変
 だし、岩手の親御さんまで巻き込むのも…と思ったのであったが、
 私の詰めが甘かったかもなあ…と、ちょっと反省した。)

しかし、そんなシーンは幾つかあったものの、別に険悪な雰囲気に
なったわけでは全くなく、Kがいてくれたお蔭もあって、和やかに
賑やかに、家族の時間を皆で楽しんだのである。
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4世代、“嫁と姑の間”で頑張ってきます!(明日から鹿児島)
2009-08-02 Sun 12:07
2009年8月2日(日)

7月の初めに鹿児島に行ってきたばかりでもあり、次の帰省は、
8月下旬に夫婦そろって…と、本当は思っていたのだが、急きょ、
明日3日から、また鹿児島に行くことになった。
今回は、次男一家も一緒である。

鹿児島の義父母は、高齢なので、去年3月の次男夫婦の結婚式
に来られなかった。
で、次男のお嫁さんのYちゃんのことも、孫(義父母にとっては
ひ孫)のKのことも、義父母たちは、まだ写真でしか見ていない。

次男たちには、結婚した後すぐに鹿児島に挨拶に行かせることも
考えたが、何しろ次男は就職したばかりだったし、乳飲み子を抱
えて移動するのも大変であるし、Kが歩けるくらいになってから行
けばよい…という約束になっていたのである。

しかし、次男の休みがなかなか取れない。
(次男は高校教師をしているのだが、休日も部活の顧問などがあ
 る。鹿児島に行くには、せめて3日間続けての休みが欲しいが、
 それが難しく、今年の春休みも、とうとう行きそびれてしまった。)

この夏休みこそ、8月下旬に休みをもらうということになっていた
のだが、暫く前、「8月下旬はやはり無理。その代わり、8/3~8/5
に休みが取れたから、その時に鹿児島に行く」
と、次男から連絡
が来た。

となると、私の出番なのである。

もちろん、次男一家だけを行かせることもできるけれど、彼らが
鹿児島に行く時には、私も同行してやろうと前々から思っていた。
お嫁さんのYちゃんが、きっと困るだろうからだ。

私はもう、鹿児島の文化も、義父母の暮らしも飲み込んでいるけ
れど、Yちゃんにとっては、下手すると言葉も通じない世界だ。
(私が結婚した頃は、義母は小学校教員を退職したばかりで、ま
 だ元気もあったし、よく標準語も使っていた。が、今は鹿児島弁
 ばかりだし、言葉が滑らかに出ないことも多くなった。  しかも、
 暮らしぶりは、老いとともに、かたくなさを増してもいる。)
家ごとの文化の違い、風土の違いというカルチャーショックだけで
なく、義父母と2世代違うYちゃんの場合、ジェネレーション・ギャッ
プがかなり大きいと考えられる。

せっかく食器洗い器があるのに食器はなぜか手洗いして乾燥だ
けに使うとか、食器を洗う時には洗剤を使わないとか、ひどい油
汚れの場合だけクレンザーを使うとか、ラップは惜しんでなるべく
使わないとか、お茶がらは流しのカゴの目が詰まるから、急須を
洗う時はゆすぎ水ごと庭に捨てるとか…そんな妙ちきりんな義母
のこだわりの数々(笑)
…馴染んでしまえばどうということもない
のだけど…を、Yちゃんが一朝一夕に理解するのは、無理という
ものである。
(私が義母の実の娘だったら、もっと今風の、便利で清潔なやり
 方に改善させたかもしれないのだが、嫁の私は、やはり義母の
 やり方を尊重し、従ってきてしまったところがある。)

Yちゃんでは、どこに何があるのかも、さっぱりわからないだろう。
(恐ろしく、“整理されていない台所”なのだ。しかも、ご飯の「しゃ
 もじ」は「メッゲ」というように、呼び方が全然違う。)
次男一家が訪れた時には、多分外食が多くなるとは思うけれど、
彼らだけで行かせた場合、もしもYちゃんが、何か、味噌汁一つ
でも料理を任されたら…?
と、想像するだけでめまいがしそうだ(笑)。

いや、Yちゃんが料理ができないという意味ではない。
鹿児島の家では、食材も調味料も標準とは違っているし、台所
用具もあまり揃っていないのである。
(私だって結婚したばかりの頃、それまで食べたことのなかった
 ツワブキやらヘチマやらを、「S子ちゃんの好きなように料理し
 ていいから」と言われ、とても困惑したものだ。 どう扱ったら
 いいのかもわからない上に、鹿児島の家には、普通の醤油も、
 みりんも、白砂糖もない、ほんだしとかコンソメとかケチャップ
 とかもない、網じゃくしやフライ返しもなかったりするのだから。
  …今でこそ私も、調味料も道具も、いろいろ代用することを覚
 えたけれど。)

もともと、そう考えていたのだったが、7月に鹿児島に行った時、
「8月下旬あたりに、S太(次男)たちが来るつもりみたいよ」
と伝えると、義母から
「その時は、S子ちゃん、あんたも来て」
と、すがるように頼まれた(笑)。

義母は義母で、次男一家を迎えるのを楽しみにしていたとはいえ、
いざ話が具体的になると、布団を出したり食器を出したりしなけれ
ば…と考えて、にわかに大儀に思えてきたのであろう。
初対面のYちゃんに、どう接してよいのかも不安であろう。

そんなわけで、せめて初回は、私が、両者の調整役と言うか、緩
衝材として出向くのが必須というわけだ。
私が行けば、台所仕事だって、私がメインになって、Yちゃんに
指示を出せばいいので、何の問題もない。
(義母には、その間、次男と孫娘をくっつけておけばいい。
 義母は小さい子供が大好きだから、喜んでひ孫の相手をするだ
 ろう…と言うか、多分、 義父母とも Kにベッタリ…であろう。笑)

「4世代」が揃うとなれば、秘かに采配を振るのは私である。
夫の実家での話であるけれども、夫なんか、蚊帳の外だ(笑)。

で、夫には、8月下旬に一人で帰省してもらえばいい。
…と思っていたところ、夫が、「自分も一緒に行く」と言い出した。
 
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今年のひな祭り
2009-03-04 Wed 22:04
2009年3月4日(水)

去年の今ごろは、次男一家と短期同居中だったので、孫娘Kの
初節句も我が家で祝った
のだった。

現在の次男は、名実共に親から独立して、ささやかな家庭を営ん
でいる。
お雛様(去年、お嫁さんYちゃんの実家から贈られたもの)も、
今年はもちろん、次男宅で飾られたのである。
で、「雛祭りをしますので、遊びに来ませんか?」と声をかけても
らい、先週土曜、夫と一緒に前橋の次男宅に遊びに行ってきた。

そんな風に声をかけてもらうのは嬉しいことである。
ただ、ここのところ、末期癌で闘病中の私の叔母の状態が良くな
いので、いつ、万一の知らせが入るかもしれず、
「急に行けなくなる場合もあるかもしれないから、準備はしない
 でね。行けた時は、外で一緒に食事でもしましょう」
と伝えておいたのだが、Yちゃんは、手作りのケーキやちらし寿
司など準備して待っていてくれたのだった。


主婦1年生のYちゃんのお料理スキルは、かなりアップしていて、
ベテラン主婦?の私としては、ちょっと焦りが…(笑)。



たくさん食べ、たくさん笑い、天気が良かったので、近所の公園
まで一緒に散歩に行ったりもして(幼児1人に大人4人が付き添
って…笑)、のんびり過ごした幸福な一日であった。

以下は、単なる孫自慢。
付き合ってやってもいいか…と思われる方だけ、どうぞ(笑)。
 
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内祝いに“お吸い物最中”ってシャレてるなあ(姪っ子の成人式)
2009-01-13 Tue 15:20
2009年1月13日(火)

昨日は、姪っ子M子の成人式だった。
昼ごろには、祖父ちゃん祖母ちゃんのところへ晴れ着姿を見せに
行くと聞いていたので、私もケーキと花を持って実家へ出かけた。
(お金でのお祝いは、ほんの少しばかり…女の子のお祝いはお金
 が掛かるから、伯母としてはホントはもっとはずむべきだったな
 あ、と後から思ったけど…、暮れのうちに渡してあった。)
写真撮影は、写真館での前撮りを暮れのうちに済ませたそうだけ
ど、やっぱり晴れ着姿は“ナマ”で見るに限る。
と言うより、身内として、こういうのは「直接見て誉めてやる」こと
が、一番の「祝う」ことだろうと、私は思っている。
息子しかいない私は、姪っ子が生まれた時から、彼女の成人式の
晴れ姿を見るのを、とても楽しみにしてきたのだ。

はあ~、やっぱり女の子の晴れ着姿って、いいな~…。
そばで見てるだけで、こっちの心も華やぐと言うか。
(息子たちは、成人式と言っても地味なスーツ着るだけだったし、
 写真すらまともに撮らせてくれなかったもんね…。ホント、男の
 子はつまらん。)

母が昼食を用意してくれていて、両親や妹一家と一緒に、簡単な
祝宴をする。
TVには新成人たちの姿がたくさん映ったけれど、
「いや、どの娘より、M子が一番可愛い、初々しいね~!」
と、みんなですっかり“身内バカ”になって盛り上がる。
笑わば笑え。 これぞ“身内の祝い方”の王道なのだ(笑)。

姪っ子は3時から高校の同窓会に出席するということで、妹一家
は早めに退散した。 帰り際、妹が“内祝”の品をくれた。
妹 「はい、お赤飯とお吸い物!」
私 「え、お吸い物…?」

母に聞くと、モナカの皮(麸?)の中に具が入っていて、お湯を注
ぐとお吸い物になるもの(上品な、インスタントのお吸い物?)らしい。

母が言うには、「お菓子なんかたくさんもらっても、もう年だし、
糖尿だし、そんなに食べきれない…」と思っているところに、最近、
頂きもので、お吸い物最中やら味噌汁最中を貰い、これはイイわ、
シャレてるわね~ということで、ここのところ実家ではちょっと
ブームになっているらしい。
母が教えてくれたブランドは、不室屋(ふむろや)さんというお店
の「お吸い物最中」。本店は金沢で、いわゆる“加賀麸”の店の
品。都内では、日本橋の三越、高島屋、池袋西武などで買えるよ
うだ。 が、かなり人気があるらしく、母が暮れに三越に行ったら、
バラ売りのものも、全部売り切れていたそうだ。

妹がくれたのは、不室屋のではなく、林久右衛門商店(はやし
きゅうえもんしょうてん)
という、福岡の店のものだった。
(伊勢丹系で入手できる模様。)
最中が紅白の貝の形をしていて、とても上品で洒落ている。



軽いし、日持ちもするし、こういう内祝いの品としては好適だな
あと思う。
種類もいろいろあり、慶弔のお返しとしてはもちろん、大人ばか
りの家へのちょっとした手土産や、中元歳暮などのお遣い物に
も良さそうなので、覚えておきたいと思うことであった。

以下、写真と身内ネタ。
 
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夢の話(…孫の父親は誰?)
2008-12-09 Tue 23:39
2008年12月9日(火)

見た夢はほとんど忘れてしまう私だけれど、つい先日
見た夢は、妙に覚えている。

孫娘のKが出てくる夢だった。
お嫁さんのYちゃんが何日か留守をしなければならなく
て、夢の中で私はKを預かることになるのだが、取手の
家で面倒をみているわけではなくて、私自身も移動しな
がら、ホテルの小部屋のようなところにいたりするので、
「あら、しまった、ここに紙オムツ持ってきていないわ。
 Kのオムツを替えてやりたいのに…」
などと、いろいろ困ったりしているのであった。

そうこうするうちに、Kの父親だという男が、Kを迎えに
来た。あとは、Yちゃんが帰ってくるまで、自分が面倒を
みると言う。
Kの父親とは、もちろん我が息子(次男)であるはずなの
だが、夢の中ではなぜか、よく知らない、ちょっと胡散臭
い男である。

 …はて、この男がKの父親であったろうか?
  Yちゃんのダンナって、こんな男だったっけ…?


と、夢の中で私は必死に考えている(笑)。

男が誘拐犯などの悪い男だったら、Kを渡すわけにはい
かない…と、警戒している私。

しかし、さすがに、「あなたがKのお父さんでしたっけ?」
などと、失礼なことを尋ねるわけにもいかない。

私は夢の中で一生懸命、親子3人の情景を見た時の記憶
を辿り、「そういえば、この男に確かに見覚えがある」…と、
納得する。
それに、父親でもなければ、このタイミングで、わざわざ手
のかかる幼子を引き取りに来るはずもない…。

そう思って、内心一抹の不安を感じつつも、Kを渡した私は、
その後、親子3人がそろったところを見て、「ああ良かった、
この男がKの父親だった…」と安心する。

…という、変な夢だった。





息子はとうとう出てこなかった(笑)。





父親って、影薄っ…!


…と、目覚めた時、苦笑した。
 
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77才のケーキと、1才のケーキ(父の誕生日、孫の誕生日)
2008-11-27 Thu 12:07
2008年11月27日(木)

先日、父の誕生日に実家に行った。
父くらいの年になれば、何かと健康状態が心配なものだが、
この日の父は、ちょうど午前に近所の病院に行き、健康診断
を受けてきたところだということだった。

父は以前、頭頂部の皮膚ガンの手術をしたこともあるし、一
時期、糖尿病だったこともあるのだが、今は良くなって、77才
にしては、まずまずの健康体である。
(時々とぼけたことを言うが、それは若い頃からそうなので、
 別に病気やボケではない模様…笑)
糖尿病には、「太る糖尿病」と「痩せる糖尿病」とがあるが、
母は前者、父は後者である。(だから遺伝的に言うと、私は
両親のどちらに似ても、糖尿病には注意しないといけない。)
母の糖尿病は、かれこれ10年ほど治療しているが、殆ど改善
しない状態。ところが父は、自力で(屋内ウォーキングマシン
など使って運動して)、短期間で治してしまったのだった。

そんな元気な父は、健康診断に行く時に、「3日前に検査の
申し込みをした時は“76才”って書いたのに、今日は“77才”っ
て書かなきゃならない。76才のうちに検査に行けば良かった」
とブツブツ言っていたそうだ。
その年になっても、やはり1才でも若い方がよいらしい(笑)。

母は、そんな父に
「お父さん、病院に行くんだったら、服を着替えて行きなさい」
と声をかけ、父は素直に着替えてから出かけたようだった。

…と、病院から帰って来た父が、ジャンパーを脱ぐのを見て、
母はビックリした。父がジャンパーの下に着ていたのがパジャ
マだったからだ。(ポロシャツの代わりに、洗って畳んであっ
たパジャマを着て、病院に行ってしまったらしい。)
「お父さん、寝巻で病院に行ったの?!」
思わず叫ぶ母に、父は平然と答えたそうだ。
「いや、昼間 着ていれば、寝巻とは言わない」

…服装への無頓着さは、わが夫といい勝負のわが父である(笑)。

そんな父へのプレゼントは、特にリクエストがなければ、父の
日には半袖ポロシャツ、誕生日には長袖ポロシャツと決めてい
る。(ちなみに母には、母の日も誕生日も、花である。)
この日もポロシャツ。
それと、ケーキはあるだろうと思ったが、余ったケーキはどう
せ、妹と私が分けて持ち帰ればいいので(笑)、取手の駅ビルで
軽めのケーキ(FLO=フロのキャラメルプリンタルト)を買って
持参。
実家には案の定、ケーキは沢山あり、特に母がこの日の朝一番
で買ってきたという誕生日用のケーキが微笑ましかった。
ケーキに名入れサービスをしてくれる時、店員さんは母にこう
尋ねたそうだ。
「お孫さんは、何才ですか?」
…まさか、77才のじいさんのためのケーキとは思わなかったの
だろう(笑)。母は笑って
「77才です」


立石のカンパニュラというケーキ屋さんで買ったそう


さて、父の誕生日の3日後が、わが孫娘 Kの1才の誕生日だっ
た。ちょうど休日でもあり、次男夫婦から「簡単なお祝いをす
るから、遊びにきませんか?」と声をかけてもらっていたので、
喜んでホイホイと前橋まで遊びに行ってきた。


 
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オシャベリ赤ちゃん?
2008-10-24 Fri 23:06
2008年10月24日(金)

久しぶりに、お待ちかねの“孫ネタ”。
(いやいや、誰も待ちかねていないって…笑)

孫娘のKは、今日でちょうど満11ヶ月になった。
その前日(つまり昨日)、次男のお嫁さんのYちゃんから、
「今日初めて歩きました!!!!!!」
というメールが来た。
立った状態から、初めて2歩半ほど歩いてきたそうだ。

Kとは、9月の下旬に、東京の私の実家の墓参りに行った時に
会っている。その時点で既に、つかまり立ちや、横への伝い歩
きはしていたし、抱っこしていると、時々足を突っ張って一瞬
立つようにしていた。だから歩き出すのもきっと早いだろうと
は思っていた。

ちなみに我が家の長男は太っていたせいか歩きだすのが1才
2ヶ月と遅く、誕生日の頃は、まだハイハイばかりしていた。
双子の次男と三男は、確か1才前後で初めの1歩を踏み出し
たと思う…(→はっきり覚えてないのかいっ、母親の癖に!
…でも、子供が3人もいると、そうなるのだ…笑)
そんなわけで、息子たちと比べても、孫のKは早く歩きだし
たのである。

古い写真で恐縮だが、これはうちの次男の9ヶ月頃の写真。




そしてこちらは、同じ日に撮った、三男の写真。


…さすが双子! そっくりだな~(笑)



そしてこちらが、今回Yちゃんのメールに添付されていた、
孫のKの写真。



…どことなく、やっぱり息子たちに似てるかな?
(でも、Kはやっぱり女の子らしい顔だちかも。)


ところでKは、数日前に、初めて言葉も発したそうだ。
記念すべき、その第1声は、何と…











おいしいっ!

 
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新米ママは一人で頑張りすぎないで! (お嫁さんのYちゃんへのメール)
2008-06-14 Sat 23:43
2008年6月14日(土)

次男S太のお嫁さんのYちゃんとは、時々携帯メール
のやりとりをしている。
何か必要な連絡がある場合が多いのだが、そうでなく
ても、Yちゃんは時々は、孫娘Kの写真や動画をメー
ルに添付して送ってくれるので、楽しみにしている。

昨日、私はたまたま一足早い父の日のプレゼントを持
って実家に出かけたのだが、電車の中からYちゃんに
用があってメールした。
すると、ほどなくYちゃんから返事が来て、近況報告
としてこんなことが書かれていた。

6月に入ってからのKの泣き癖はエスカレートし、悪
い時は起きている時のほとんどを泣いて過ごす日もあ
りました…(_ _;)
夜も何故か最長3時間ほどしか寝てくれず、朝まで3
~4回起きる日々が続いています…
そのため、お弁当も2日に1回程度しか作らず、夕ご
はんも昨日はお弁当を買ったりと、とても手抜きをし
ています(^-^;
S太くんはというと 6月に入ってから1度も休みがな
く!!(先週は土日とも試験監督でした)明日も部活
の大会というハードスケジュールの中、頑張ってくれ
ています(x_x;)
なので、私が疲れている場合ではないので…来週に
でも市の保健センターに育児相談に行ってこようと思っ
ています。
…とメールを打っていた所、Kが初めておすわりでき
ました☆ また下の歯も生えてきていました!
今日はイイ日です(o^u^o)


…大変だけど何とか頑張ってるんだな…と、とらえる
こともできる。実際そうかもしれない。
でも、もしかしたらYちゃんは、かなり参っているので
はないか…と、気になった。
先日の新年会の時にYちゃんから聞いた話では、次男
の仕事は思った以上にきつくて(新米教師なのに4種
類の授業をしなければいけないので、準備が大変だと
は聞いていたのだが、その上に部活顧問などもあり)、
睡眠時間も相当削っていて、とても子育てに協力でき
る状態ではないようなのだ…。

引越したばかりで、まだママ友もいないYちゃんは
孤軍奮闘…というわけだが、このところ雨続きで散歩
もできず、Kの機嫌は最悪だったわけなのだろう…。

で、私なりにYちゃんにちゃんと伝えておきたいこと
があると思ったので、今日は彼女に少し時間をかけて
メールを打った。
以下、そのメールのコピー。
(私の心配しすぎかもしれないし、こんな私信はブロ
 グに載せるようなことでもないけれど、もしかしたら、
 いつか誰かの参考になることもあるかもしれないと
 思うので…。)
 
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こんぺいとうは甘い (息子たちに伝えそびれた伝承歌)
2008-06-10 Tue 13:45
2008年6月10日(火)

実家では、父方の祖父母と暮らしていた。
小学校低学年の頃まで、私はいつも祖母と風呂に入っていた。
かなり大きくなってから、「本当は、自分で子どもたちを風呂
に入れたかった」と母から聞いたことがあるが、「一番風呂は
当然祖母」という状況の中で、「嫁」の立場の母には、それは
難しいことだったのであろう。
そんな母の心は知らず、子どもの私は、たまに(祖父母が旅行
中などの時などに)母と一緒に風呂に入ると、痛いほどゴシゴ
シと体を擦られるのが嫌だったものだ。
(祖母の洗い方はフワフワと撫でるような洗い方で、母に言わ
 せれば「全然アカが落とせない洗い方」であった。)

母は、祖母がタオルを湯船の湯につけるのも嫌がっていたが、
祖母はそんなことはお構いなし。
私や妹は、祖母と湯船につかりながら、それぞれのタオルに
空気を入れて照る照る坊主のような人形を作り、
「坊さん、坊さん、どこ行くの~♪」
などと、追いかけっこをさせて遊ぶものだった。

なんで突然こんな話をし始めたかというと、ありくいさんの
ブログで「さよなら三角」という記事があって、それを読んで
いたら、長いこと忘れていたしりとり歌…子どもの頃、風呂で
祖母と歌っていた歌の一つ…が、急に甦ってきたからだ。

ありくいさんが書かれている「さよなら三角 またきて四角」
という歌は、私は聞いたことがなくて、節回しも知らない。
「跳ねるはカエル」とか、「青いはヤナギ」という部分も、私
の知っているのとは全く違う。
ネットで調べてみたら(私が調べた範囲内では)、私が覚えて
いる歌と全く同じというのは見あたらなかった。似たようなの
こちらのページの<いろはに金平糖系>)があったが、
やはり私の記憶と完全には一致しない。
で、私の知っているしりとり歌を記しておくことにした。

 こんぺいとう こんぺいとう
 こんぺいとうは 甘い
 甘いは お砂糖
 お砂糖は 白い
 白いは ウサギ
 ウサギは 跳ねる
 跳ねるは ノミ
 ノミは 赤い
 赤いは ほおずき
 ほおずきは 鳴る
 鳴るのは おなら
 おならは 臭い
 臭いは うんこ
 うんこは 黄色い
 黄色いは バナナ
 バナナは 高い
 高いは 十二階
 十二階は こわい
 こわいは お化け
 お化けは 消える
 消えるは 電気
 電気は 光る
 光るは おやじのハゲ頭



いろいろ傍若無人(笑)な内容ながら、そこがまた、わらべ唄
らしくていい。
(ありくいさんによると、子ども向けの某キャラクターDVDの
 中では、最後の「おやじのはげ頭」の部分が、随分上品な
 内容にすり変わっていたそうだ。
  >光るのは「オヤジのハゲアタマ」と昔から決まってるん
   じゃああああ

 …という、ありくいさんの怒り?に同意…笑)

「十二階は怖い」の「十二階」というのは、かつて浅草にあっ
た高層の建物だと祖母から聞いていた。
(正式には「凌雲閣」というこんな建物だったらしい。)
子供心に、「十二階って怖いのか?」とか、「ノミって赤いん
だ」とか思っていたのを、妙に覚えている。

祖母は、若い頃は東京下町で髪結いをしていたらしいが、出身
は千葉の大多喜。(当時としてはハイカラで、幼少時の祖母は
幼稚園にも通っていたそうだ。)
だから、この歌のルーツは千葉の県央あたりで伝承されていた
バージョンかもしれない。

もう一つ、よく歌っていたのが、「お月さんいくつ」の歌。
これは、noaさんのブログのこちらの記事で以前ちょっと触れ
られていて、その時も私は、急にタイムスリップしたように
その歌を懐かしく思い出したのだった。
(その時コメント欄に書かせてもらったものを、以下にコピー。
 先のしりとり歌と比べると、歌詞の正確さに自信がないが…)
 
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姑馬鹿 (しゅうとめバカ)
2008-03-10 Mon 14:31
2008年3月10日(月)

次男夫婦の結婚式まで、あと5日。
(入籍は昨年4月に済ませているが、卒業式の前に、ベビー
 共々お披露目の意味で、今回、簡素ながらひと通りの挙
 式と披露宴を行うのだ。)

やることは山積みだし、乳児がいると何をするのもはかど
らないし、しかも夫は風邪気味で使えないし(結婚式前に
お嫁さんや孫に風邪をうつしたら大変!)で、相変わらず
バタバタな日々を過ごしている。

結婚式には私の妹一家も当然出席するのだが、大学生の
姪っ子は、私の若い頃の服を着て出席する予定だという。
もともとは妹に譲った服なのだが、袖無し総レースの丈の
長いワンピースは、今では妹が着るより、若々しい姪っ子
が着た方が確かに似合いそうだ。
自分の若い頃の服を、思いがけずそんな形で着てもらえる
のは、恥ずかしいような嬉しいような気分である。

お嫁さんのYちゃんにも、雑談中にちょっとその話をした。
私 「昔着たロングドレスなんかも何枚もあるから、もし
  好きなのがあれば、Yちゃんにもあげてもいいんだけ
  ど…、でも、サイズが多分合わないよねぇ…」
Yちゃんは私と比べるとすごくスリムだし、身長も10㎝程
小さい。 彼女が着たらきっとダブダブに違いないのだ。
しかし Yちゃんは目を輝かせ、
Y 「わ~、見てみたいです~♪」
私 「そうお…? 見るだけでも見てみる? じゃ、ちょっと
  持ってくるね」
私は洋服箪笥から、もう何十年も着ていないパーティー着
やらドレスを出してきて、ズラズラと並べて掛けてみた。
Y 「すごい~、式場の衣装室にあるドレスみたい!」

私は今でこそ地味なオバチャンだが、若い頃はとっぽい服
が好きで、パーティーなどでは、常識人なら普通 しない
だろうというような目立つ格好(笑)
を好んでしていた。
比較的無難な服は妹に譲ったので、家に残っているのは、
妹などが絶対に着ないようなハデハデな服ばかりだ。
しかし Yちゃんは、「わあ、これ可愛い!」とか言いながら、
興味津々で見ている。
…ふ~ん、こういうの、好きなんだ。というか、着たそう。
(良かったぁ! だって、「え~、お母さん、こんな派手なの
 着てたんですか~」と、ドン引きされるかも…とも思ってい
 たのだ…笑)

え~と、Yちゃんには優しい感じの水色のロングドレスなら
似合うかしら?…などと思いながら
私 「もし着てみたいのあったら、どれでも着てみていいよ」
と言うと、
Y 「じゃ、これ、着てみていいですか?」

真っ先にYちゃんが選んだのは、黒の大人っぽいミニドレス
で、ちょっと意外だった。 そして、彼女が着たところを見て、
またびっくりした。




めちゃくちゃ、似合うやん!


しかも、「ちょっと色っぽくてカッコイイ系」の服のはず
なのに、彼女が着ると、なぜか「可愛い萌え系」になる。

Yちゃんは色白で、もともと目力(めぢから)がある。
まつ毛も長く (マッチ棒が乗るらしいよ!)、目のお化粧は
一切不要なほどだ。
その目と ストレートな黒髪と 黒い服とが、何かのキャラの
コスチュームみたいに、妙にマッチしている。
最近美容院で前髪をカットしてきたので、お人形っぽさも
一段と増している。

私 「これも、はめてごらん」
と、黒レースの長手袋(指先は出るタイプ)を渡す。
Y 「…こんな手袋、初めて見ました」
と、それを二の腕がちょっと見える程度に長くはめると…


うわ~、まるっきり、コスプレ!!


危ないほど、似合ってる(笑)。
アキバ系のお兄さんたちが喜んじゃいそうな雰囲気。
(岩手のご両親に見せたら叱られるかも…?)
そんな着こなしになるとは、Yちゃん自身にとっても、予
想外だったようだ。

ちなみに、こんな感じのドレスと手袋


私 「いや~、Yちゃん、アニメかゲームに出てくる美少女
  キャラ
みたいだよ!」
Y 「…何か、戦闘力とかも高そうですよね(笑)」
 
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初節句&お食い初め
2008-03-03 Mon 23:58
2008年3月3日(月)

孫娘Kの初節句のためにいろいろ頂き物をして、家の中は
雛祭りムード一色(これは我が家では初めてのこと)という
感じで桃の節句を迎えた。
しかも3月3日は、Kが生まれてちょうど100日目!
初節句と、お食い初めのダブル祝いなのだ。
これは、おババとしては張り切らなければ…。



というわけで、今日は朝からちらし寿司など作って奮闘。
ケーキも2種類買ってきた。
(取手の駅ビルが今日リニューアルオープンして、以前は
 ケーキ屋が1軒だけだったのに、2軒に増えたのだもの♪)
料理やケーキを並べ、Kには、お嫁さんYちゃんの実家から
贈られた、赤い祝い着も着せ、さあ記念撮影の準備は万端…
なのだが、肝心の姫のご機嫌、麗しからず。
皆でカメラを向けてあやすのだが、ちっともカメラの方を見てく
れず、ふんぞり返ってふて腐れているので、撮影は難航(笑)。



お食い初めなので、一応、「食べる」真似をさせる。


※ちなみに、本当に食べさせたのは、お吸い物
 (ハマグリの潮汁)を薄めたものを一さじ。

 
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今年は雛祭りができるぞ~♪
2008-02-26 Tue 23:36
2008年2月26日(火)

我が家は男の子ばかり3人だったので、五月人形や鯉のぼり
は沢山あるのだが、お雛様はなかった。
以前、知人の結婚式の引出物で卓上用のミニ雛を頂いたので、
毎年それだけをテレビの上に飾り、ささやかな雛祭り気分を
味わっていたのである。



…と、昨日は、お嫁さんのYちゃんの実家から大きな箱が届
いた。 孫娘Kの初節句のための雛人形だ。
早速飾る。
(飾るためにソファーの位置を変えてリビングの模様替え。)

ああ、やっぱりお雛様って華やかでいいわ~♪と、まだ訳の
わからぬ孫よりも、私が喜んでいるような次第(笑)。
夫も「家の中にお雛様があるって初めてだ」と感慨深げ。
(夫は一人っ子だから、夫の実家にもお雛様はないのだ。)


 
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二世帯暮らし小景
2008-02-22 Fri 14:23
2008年2月22日(金)

次男夫婦は、今日明日と、2日間の留守。
次男がこの春から就職する高校での打ち合わせのために
前橋まで行くので、お嫁さんのYちゃんも同行し、ついでに
2人で不動産屋を回って新居を決めてくるのである。
その間、孫のKの世話は我々夫婦が担当。
これまでも何度か日中は預かっているが、夜も含めて丸々
2日間、面倒をみるのは初めてだ。

取手から前橋までは決して近くはないが、片道120キロほど
の道のりを、若夫婦は車で出かけていった。
街の様子をいろいろ見たいのだそうだ。
運転はお嫁さんのYちゃん。(次男は現在教習所に通ってい
てやっと仮免を取ったところで、まだ戦力にならない。)
昨夜は2人でネットで道順を調べて地図にルートをマーカー
で書き込んだり、賃貸物件を調べては
「家賃5万でこれなら、広いよね~」
などと言いながら、候補をピックアップしたりしていた。
その様子は微笑ましく、これからはこうして何でも2人で相
談しながらやっていくのだなと思うと、何だか今さらながら
安心し、これでもう次男のことは心配ないな…などと思うの
であった。

さて、2世帯同居の最近の風景を幾つか。

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8日ぶり
2008-02-11 Mon 23:57
2008年2月11日(月)

こんなに長くブログを休んでしまったのは初めて(かな?)。
元気である。お察しの通り、バタバタしていたのだ。
昨日からは、次男一家と暮らしている。

いろいろな意味で、今日は落ち着いてきて、お嫁さんのY
ちゃんと一緒に買い物に行った。
哺乳瓶を洗うブラシとか、オムツを入れるフタ付きバケツ。
肌着なども少し買い足し、「Kに似合いそうだね~♪」と
嫁姑で意気投合して買ってきたのは、こんな、ドラゴンボ
ールの胴着(修行着だっけ?)。
風呂上がりに早速着せてみた。





 
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生後1カ月半の孫娘に会いに…
2008-01-14 Mon 17:57
2008年1月14日(月)

お嫁さんYちゃんの実家は、岩手の海沿いの地域にある。
しかし新幹線は内陸を通っているので、新幹線の駅から
Yちゃんの家までは、かなりの距離がある。
9月に結納で出かけた時には、水沢江刺駅からレンタカー
で1時間半ほどかけて行ったのだが、冬場は路面の凍結
が心配。 今回は夫婦二人の旅ということもあり(次男は
年末年始はYちゃんの実家にお世話になっていたが、今
は筑波に戻り、自動車の教習所通いに専念)、一ノ関駅
からは大船渡線という在来線で、のんびり行くことにした。
新幹線で郡山を過ぎたあたりからは、早くも雪が舞い始
め、やはり車を避けたのは正解だったと思った。

大船渡線では、快速スーパードラゴン号というのに乗車。
名前は速そうだが、2輌編成のワンマン列車。 そして、
乗っていて「遅いなあ~」と感じるほどゆっくり走る。
が、車窓からの風景は存分に楽しめた。




海に近づくにつれ、雪はなくなった。
Yちゃんの町は岩手の中では温暖な地方だと聞いていた
が、終点の駅に迎えに来てくれていたYちゃんは、コート
も着ずに軽装だったのでびっくりした。
(私たち夫婦は気合を入れて厚着していたのだ…笑)

孫娘のKは写真で見ると、かなり月齢の行った赤ちゃん
のような、はっきりした顔だちをしているので、何となく
もっと大きいイメージがあったのだが、実際に会ってみる
と、頭などはまだ林檎のように小さく、やはりまだ生まれ
て1カ月半の赤ちゃんなのだと実感した。
最初に孫の写真を見た時、涙が出て止まらなかった私だ
から(こちらの過去記事参照)、孫を初めて抱いたら、感
無量で泣いてしまうかも…と思っていたけれど、涙は全然
出なかった…と言うか、出るヒマがなかった。
そこにいたKは、「概念上の初孫」なんかでなく、堂々と
家族の一員として存在を主張している実体で、いろいろ
と表情を変えたり、キョロキョロしたり、手足をバタバタし
たり、泣いたり…と結構忙しく(笑)、それに気を取られる
ので、しみじみと感慨にふけるヒマがない。
 
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おババのタイムカプセル
2007-12-31 Mon 23:03
2007年12月31日(月)

26年間ラム酒に漬けておいたフルーツを使って、お嬢さ
んの結婚祝いのケーキを焼かれたという話を E子先生
から聞いた時(こちらの記事参照)、すごくいいなぁ…と
思った。

それで私も、生まれたばかりの孫娘が いつか嫁ぐ時の
ために、今からドライフルーツを洋酒漬けにしておこう
と思い立った。

私は、E子先生のように、引き出物としてお客様たちに
配るほど、沢山のケーキを焼くことはできない。
でも、フルーツケーキを1つか2つなら…家族で祝う分を
焼いてやることくらいなら(もし、その時私が元気でいら
れたなら)、きっとできるだろう…。

そう考えて、ここ鹿児島に来る前の晩に、孫娘のKの
ために、フルーツを漬けた。

お酒はラム酒でなく、私のお気に入りのリキュールの
コアントロー

ドライフルーツは、レーズン等のほか、ボンタン漬けを
使った。


ボンタン漬けというのは、鹿児島名産の昔からある菓子
だが、いわば砂糖漬けのドライフルーツだ。
鹿児島には、ボンタン(文旦とかザボンとも言う)という、
大きな蜜柑(直径は15~20センチほど)がある。
ボンタンは皮と実の間の白いワタの部分がとても厚く、そ
のワタの部分を砂糖漬けにして乾かしたものが、ボンタン
漬けだが、義母にもらったものがちょうど家にあったのだ。
※自分の備忘録として、文旦漬け(ボンタン漬け)の作り方
 追記しておく。
 《追記》文旦漬の作り方(有田柑橘さんのチラシより)
 ・文旦の皮をむき、油皮*を削って適当に切り、高温で水炊き
  します(約20分くらい)。
 ・それを一昼夜水にさらしニガミと油性分を取除きます。
 ・晒した皮を手で軽くしぼり、その分量の重さと同量の砂糖を
  使って炊き揚げます(高温で約1時間)
 ・取揚げて砂糖をまぶし出来上りです。
  *ボンタンの厚い白いワタは“油皮”というらしい。
  *“炊く”というのは、普通に茹でたり煮たりすること。





孫娘のKが結婚するのが、25~30年後くらいだとして、
その頃のKや私自身がどうなっているのかを想像するの
は、ちょっと難しい。
だが、小学生くらいの少女になった K のことなら、割と
想像しやすいし、その頃なら、自分もまだまだ元気でい
られる可能性が高いだろう。

…で、私はこんな夢想を楽しんでみる。
 
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可愛い写真と、感動した写真は違うという話
2007-12-15 Sat 11:40
2007年12月15日(土)

本日の記事は、「ババ馬鹿モード」全開。
アホクサ…と思われた方は、以下はお読みにならないほうが
よいと、予めお断りしておく(笑)。

先日、鹿児島から取手の自宅に帰って来たら、孫娘Kの写真
をC Dに焼いたものが届いていた。
夫は先に堪能済みだという。
…なに~、ズルイ~っ!(笑)
早速疲れも忘れ、100枚ほどある写真をうっとりと繰り返し眺め
ては、その晩は2、3時間ほども過ごしてしまった。




「孫が可愛い」とはよく聞く話だし、自分も、初孫ができたら
メロメロになるのかな? 多分なるんだろうな…とは思って
いた。
しかし孫の写真は、もちろん予想通りに可愛いのだが、それ
以上に、私が心打たれた写真があった。

それは、息子が赤ちゃんを抱いている写真、そして、お嫁さ
んのYちゃんが、赤ちゃんを抱いている写真だった。

次男が、不慣れな手つきで、我が子を抱いている写真が何
枚もあった。 不慣れながら、本当に愛おしそうに、大切そう
に、抱いているのである。
…その姿に、涙がこみあげてきた。
(「我が子が我が子を抱く姿」って…何か、感無量だ。
 そういう意味じゃ、私は「ババ馬鹿」以前に、やはり「親馬
 鹿」なのかも…)

そして、最後に2枚だけ、Yちゃんの写真もあったのだが、
それがまたいい。
本当に、ついこの前まで少女のようだったYちゃんが、今は
「お母さん」らしく輝いた表情で、我が子を抱いている。
その表情を見ていたら、もう、涙が止まらなくなってしまっ
た。 (もう、ほとんど「崇高」な感じ…。涙の量で言ったら、
Yちゃんの写真が圧勝だった。…こういう反応は、自分でも
予想外だったのだけれど…。)
 
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“孫の顔見たさ”を実感
2007-12-02 Sun 02:06
2007年12月2日(日)

孫娘 Kが無事に生まれたと聞けば、次には、その顔を早
く見てみたいと思うのが、ジジババの心なのである。
遠くにいても、今どきのこと、すぐにも息子から写メール
の1枚も送られてくるだろうと待っていたのに、なかなか
来ない。

先日(11/26)鹿児島行きの飛行機に乗る前、出生届の
ことなどで次男と電話で話をしたので、ついでに尋ねて
みた。
「まだ間近でKちゃんの写真を撮る機会がないの?」
「いや、自分でも抱っこしたよ」
「だったら写真の1枚も送ってよ~。楽しみにしてるのに」
「写真はデジカメで撮ったから、1週間くらいのうちには
 整理してパソコンに送るから」
「いや、私は今から鹿児島に行くんだから、パソコンに
 送ってもらっても、しばらく見られないのよ。小さいの
 1枚でいいから、ケータイに送って。 そしたら、鹿児
 島のじいちゃんたちにも見せてあげられるし…」
「ケータイのは、いい写真がないよ…」
「いいのよ、何でも。 簡単な写真でいいの。 いい写真は
 あとでゆっくり見せてもらうから…」
「わかった。じゃ送っとく」

…私たちが欲しいのは、「いい写真が沢山」ではなく、
「今見られる、とりあえずの1枚」なのだ。
それが猿に似ていようと、ピンぼけだろうと構わないのだ。
少しでも早く赤ちゃんの顔写真を見て、その誕生を実感
したい気持ち、身内で盛り上がりたい気持ちを、どうして
わからんのだ? 息子よ。


まもなく次男から写メールが届いた。

…う~ん、この写真では…。








ちょっと、テンション上がりきれない…(笑)。




ダメだ、息子はアテにならん!(笑)
息子はその日のうちに岩手からつくばに戻るということ
だし(卒論のため)、これはもう、お嫁さんのYちゃんに
直接頼むしかない。
 
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初孫誕生!
2007-11-25 Sun 12:28
2007年11月25日(日)

次男のお嫁さんYちゃんは、お産の為、岩手に里帰り中で
あったが、一昨日の深夜、岩手のお母さんから電話が来た。
「破水したので病院に連れてきた。陣痛はまだなく、感染
 症を防ぐための抗生物質の点滴をこれから受けるところ。
 明日は様子を見ながら陣痛を待ち、なかなか陣痛が始ま
 らないようなら、遅くともあさってには、帝王切開などで産
 むことになりそうだ」
との連絡であった。

その日はもう、Yちゃんの街まで接続する電車はない。
つくばに住む次男には、「翌朝一番の電車で向かいなさい」
と指示したが、次男はいても立ってもいられなかったらしく
(できればお産に間に合いたいという気持ちが非常に強か
ったらしい)、その日のうちに東京まで移動したようだった。
そうすれば、翌日、1時間早く着くのだと言う。
(その晩は、マンキツ=漫画喫茶で夜明かしした模様。)

翌日午前中に、また岩手のお母さんから連絡。
「少し前にS太くんが来て、私と交替してくれました。
 今は子宮口が6センチほど開いたところだから、もうすぐ
 分娩台に上がるでしょう。分娩室ではS太くんが付き添
 うことになると思います」
とのこと。

昔はお産の場に男性は介入しないものだったけど、最近は
父親が出産に立ち会える病院が増えている。
Yちゃんの病院もそうであればいいなあと思っていた。
しかし立ち会いが可能だとしても、遠いので、次男が駆け
つけても間に合わない可能性も高いと思っていたのだが、
間に合って良かった。
産婦にとっては、夫の励ましが一番の支えになるはずだし、
「産みの苦しみ」を間近に見ることで、夫の側も、妻子への
感謝と愛情が増すに違いないから。

遠くから安産を祈りながら、私と夫は、それぞれの用事を
こなした。
昨日の夫は、知人の結婚式に出席する予定が入っていた。
夫のサラリーマン時代の後輩の女性(47才)の結婚式だ。
彼女はここ7、8年は中国の会社で働いていて、もう結婚
はしないのだろうと何となく思っていたが、勤務先で出会
った中国人男性と結婚することになったのだ。
それだけでも嬉しい驚きであったが、披露宴から帰って来
た夫に、「どんな花婿さんだった?」と訪ねたら、「花嫁より
18才年下の、29才のムコさんだったよ」と言うので、さらに
驚いた。 29才って……(私からすると“子世代”だ)。
写真見て、夫婦に見えるかは…う~ん、“ギリギリ”(笑)。
でも、人の縁はいろいろだ。 幸せになってほしい。

で、私の方は、昨日は日暮里の事務所で片付ける仕事が
あり、その後、実家に立ち寄った。 つい数日前が誕生日
だった父への プレゼントを持って。
その間、岩手からの連絡が全くなかったのが、ずっと気が
かりだった。息子の携帯の電源は当然切られている。
「まだまだ、かかりそうだよ」という一言でも、メールが
来れば安心できるのだが、それさえ来ないということは、
つまり、Yちゃんがずっと苦しみ続けているということでは
ないか?…と不安になる。
 
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お嫁さん Yちゃんへのメール
2007-08-26 Sun 10:12
2007年8月26日(日)

次男S太のお嫁さんのYちゃんは、次男と同じ大学4年生。
そして妊娠6カ月である。

5カ月目の定期検診の時、「血液型不適合」のため、再検査
することになったと連絡を受けて、実は暫く心配していた。
結論を先に言えば、その後の検査で、胎児への悪影響はない
とわかり一安心したのだが、結果がわかるまでは、自分なり
にいろいろ調べたりもしたので、血液型不適合妊娠について、
同じような不安を抱えている人のために、少し書いておく。
(素人の解釈なので細かい点は不正確かもしれない。)

次男もYちゃんも、血液型はともにA型だ。
普通に考えれば、不適合なんてなさそうだが、ABO式以外
にも、血液型には、RH式、その他数十種類の分類があって、
それらの型でも不適合というのがある。
こちらのページによれば、
「妊婦の約 2.5%にこれらの血液型に対する不規則抗体が
 検出されますが、大半はIgMクラスで胎盤を通過せず 問題
 となることはありません」。
(*IgMクラス=自然抗体。 ほかに、輸血で産生されるIgG
  クラスというのがあるらしい。)

YちゃんのRHは“+”だとはっきりしていた。で、最初に考
えたのは、次男は(つまり双子である三男も)、RHマイナス
なのだろうか…?ということだった。
夫も私も長男もRHはプラスだが、次男・三男のRHは実は
わからない。(母子手帳等を見ても、A型としか書いてない。)
何となくプラスだろうと思い込んでいたが、マイナスというこ
とも、ないとは言えない。
 
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嫁vs姑、早くも負けてる?(笑)
2007-06-10 Sun 17:31
2007年6月10日(日)

次男のお嫁さんのYちゃんの話をここのところ書いていなかっ
たが、別に、“嫁 vs 姑”の冷戦状態にあるわけではない(笑)。
というか、「嫁」とか「姑」とかいう感覚自体が、まだ あまり
無い。
21歳のYちゃんは、見た目も中身も、まだまだ少女のよう。
今の私から見れば、「大人の女性」というよりは、「成長途上の
女の子」に近く、息子の「嫁」として対するというより、保護者と
して気にかけてやらなければならない対象が一人増えた…と
いう感じなのだ。

これまでYちゃんとは、諸手続きに関する連絡を随分取り合っ
たが、その大半は携帯メールである。
事務的なことは、電話よりメールの方が、互いにメモ代わりに
なって、かえって便利だ。 ちょっと一点だけ確認したいことが
あるような場合も、いちいち電話するのは憚られるけれど、メー
ルなら、時間を気にせず気軽に問い合わせできるので助かる。
私はもともと、電話で話すことが不得手なので(義父には毎日
メールを送っているが、毎日電話するのだったら、とても続か
ないだろうと思う…)、こういう便利なものがある時代でよかっ
たと、つくづく思ったりもする。

日ごろ、必要最低限のことしか書いてこない夫や息子の無味
乾燥なメールにばかり接していることもあって、若い女の子と
のメールのやりとりは、私には、すごく新鮮でもある。
例えば、Yちゃんから何か問い合わせがあって、私が
「じゃ、○○してみたら?」とアドバイスをする。
息子なら、「わかった」とでも一言返してくるところだが、
Yちゃんだと
 「わかりました! ○○してみます!!
  ありがとうございました☆

となる。

…もう、なんて素直で可愛いのっ!!

ごく普通の返事かもしれないのに、つい感激してしまう私…。
嫁vs姑戦争という意味なら、既に骨抜きにされている(笑)。
 
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| ミセス・かんちがいのブログ日記 |
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